音楽著作権弁護士のブログ(仮)

音楽著作権、音楽ビジネスを中心業務とする弁護士が、ウェブ上にあまり出てこない音楽著作権情報をお届けします。

「ListenRadio(リスラジ)」事件について

今回は,音楽ビジネスの話ということで,「リスラジ事件」判決を紹介することにします。

東京地判平28.6.8 地位確認請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/947/085947_hanrei.pdf

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http://listenradio.jp/

 1.前提知識,訴訟に至る経緯

「リスラジ」の正式名称は「ListenRadio」で,「music.jp」などの音楽配信サービスを運営するMTIが提供しているインターネットラジオサービスです。このサービスでは,インターネットを通じて,日本全国のコミュニティFMラジオ局の放送を聴くことができます。

listenradio.jp

なお,「コミュニティ放送」とは,放送法施行規則別表第5(注)10において,

「コミュニティ放送」とは、一の市町村の一部の区域(当該区域が他の市町村の一部の区域に隣接する場合は、その区域を併せた区域とし、当該区域が他の市町村の一部の区域に隣接し、かつ、当該隣接する区域が他の市町村の一部の区域に隣接し、住民のコミュニティとしての一体性が認められる場合には、その区域を併せた区域とする。)における需要に応えるための放送をいう。 

と定義されています。要するに,市町村レベルの地域に限って放送する,地域密着の小規模な放送局ということになります。その性質上,防災放送などに利用されることも期待されています。

このように,コミュニティFMを含むコミュニティ放送は,やや特殊な位置づけにあるといえます。

また,本件で被告となった「レコード協会(通称「レ協」「レコ協」)」は,レコード会社が組織する団体で,レ協の会員社が保有するレコード製作者の権利の一部を管理しています。

レコード協会の,管理委託契約約款においては,コミュニティ放送によるレコードの利用に関する権利も,レ協の管理対象となる旨が定められています。

(レコードの管理委託の範囲)
第3条 レコード管理委託者は、受託者に対し、本契約の期間中、その有するすべてのレコードの著作隣接権及び将来取得するすべてのレコードの著作隣接権について以下の各号に定める管理を委託し、受託者はこれを引き受ける。

(1) 省略

(2) 下記利用方法に関するレコードの送信可能化権(省略)及び複製権の管理
ア 次に掲げるレコードを録音した放送番組等(以下単に「番組」という。)を、放送と同時に自動公衆送信装置に入力する方法により送信可能化すること(ただし、受信先の記憶装置に複製させない形式に限る。)。
① 省略
② コミュニティ放送事業者が自ら制作し放送するラジオ番組(コマーシャルを除く。)
(以下省略)

このようなレ協の管理する権利に基づき,コミュニティFM局はレ協から,レ協の管理するレコードを録音した番組をインターネット配信することについて,許諾を受けていました。

しかし,リスラジのある機能を利用したレコードの利用について,レ協が異議を唱えました。問題視したのは,リスラジの「おすすめ番組まとめ」チャンネルという機能です。このサービスは,リスラジのザッピング機能を使用することにより,各コミュニティFM局が流す音楽番組(1時間番組)だけを,次々とザッピング視聴することにより,24時間連続して配信されるという機能です。

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(判決より引用)

 

つまり,コミュニティFMの同時再送信,という体でありながら,24時間音楽だけを自動的に流すことができるような,いわばインターネットラジオサービスのような機能があったわけです。

レ協としては,このような利用を快く思わず,リスラジの「おすすめ番組まとめ」でザッピングされる番組の配信を停止しない限り,レコードの利用許諾と停止するよ,と求めたところ,コミュニティFM側がこれに反発して訴訟を提起したのが本件訴訟です。

普通は,利用の停止を求めるレ協側が楽曲使用の停止などを求めて提訴するのでしょうが,本件は停止を求められているコミュニティFM側が訴訟に打って出るという,いささか異例のものでした。

なお,この訴訟に先立ち,コミュニティFM側は,レコードの利用許諾についての契約上の地位を仮に定めることを求め,東京地裁に対して仮処分命令の申立てを行っていました*1

prtimes.jp

 2.結論

裁判所はコミュニティFM側の主張を退け,レ協の管理するレコードを録音した番組をインターネット配信することについての許諾契約は,レ協の更新拒絶により終了しているとしました。 

3.争点

判決において,争点は4つ挙げられていますが,実質的な争点は最初の争点だけであると言ってよいでしょう。

  • レ協の本件更新拒絶は,管理事業法16条にいう「正当な理由がなく」利用の許諾を拒んでいるものとして無効(民法90条)といえるか
  • レ協の本件更新拒絶は,信義則に反し,無効であるといえるか
  • レ協の本件更新拒絶は,「共同の取引拒絶」(独禁法19条,2条9項1号イ又は同項6号イ,一般指定1項)又は「その他の取引拒絶」(独禁法19条,2条9項6号イ,一般指定2項)に該当するため,無効(民法90条)といえるか
  • レ協の本件更新拒絶は,「取引条件等の差別的取扱い」(独禁法19条,2条9項6号イ,一般指定4項)に該当するため,無効(民法90条)といえるか

4.結論に至る理由

裁判所は,結論に至る理由としてさまざまな点を挙げていますが,簡単に言ってしまえば,形式的にはコミュニティFM番組の同時再送信として音楽を配信しているものの,実質的にはMTIが24時間音楽を配信するサービスを提供するために行われているものであることを理由としています。

具体的には,

  • コミュニティFM局の依頼によって制作された音楽番組であると言いつつ,放送番組データをMTIの管理する管理システムにだけ提供していること。
  • リスラジの「おすすめ番組まとめ」チャンネルを通じて本件各音楽番組を連続して視聴すると,例えば,Aの放送時間枠(午前11時から12時)の午前11時直前に地域店舗のCMを入れ,直前の放送時間枠を有している放送局Bは,放送時間枠(午前10時から午前11時まで)の午前11時まで音楽を流すように編成することで,Aコミュニティ放送局の放送地域に所在する地域店舗のCM(午前11時直前に放送されているもの)は放送されず,そのまま午前11時にA放送局に切り替わることによって,A放送局の地域店舗のCMが放送されないよう巧妙に編成されていること。
  • CSRA*2事務局が,宮崎サンシャインエフエムに対し,番組内容と放送日は合致することが重要であること,放送内容が異なった番組について番組枠料は減額とすること,今後は,データの運行については,MTIとCSRAにデータ運行が完了した段階で報告することなどを依頼し,これに対し,宮崎サンシャインエフエム従業員がCSRA事務局に宛てて謝罪し,今後は,MTIとCSRAにデータ運行完了を報告する旨約していることなどのやりとりがされたメールが存在していること。
  • 地域の災害に見舞われ,リスラジにおいて自己に割り当てられた放送枠の中で,地域で起こった災害情報を放送しなければならない際に,事前にCSRAに宛てて,災害に関するお知らせを放送することに理解を求めるメールを送り,今後はどういう対処をとるべきかなどの指示を求めている非営利活動法人ディ(あまみエフエム)のメールが存在していること*3

といった点を指摘し,リスラジの「おすすめ番組まとめ」チャンネルにおいて配信される番組は,「ザッピング機能を使用して,音楽番組のみ継続して聴くことを希望する全国のユーザの需要に応えることを主要な目的とするMTIの発意によるMTIが責任を有するチャンネル」と結論付けています。

また,このように,これらの番組が「コミュニティ放送事業者が自ら制作し放送するラジオ番組」に該当しない以上,コミュニティFMの配信利用は,レ協が管理の委託を受けている,「コミュニティ放送事業者が自ら制作し放送するラジオ番組」を「放送と同時に自動公衆送信装置に入力する方法により送信可能化すること」の範囲外となり,そもそもレ協が利用許諾することができる権限を有する範囲外の利用であるとしています。

5.判決を受けて

コミュニティFM各社は判決を不服として控訴したようです。

prtimes.jp

 

本件訴訟は,訴訟当事者にこそなっていないものの,実際はMTIの代理戦争のように思われます。本来,音楽配信サービスを営むにあたっては,JASRACやNexToneといった著作権管理事業者と交渉することはもちろんですが,原盤権を保有するレーベル各社と交渉して,利用の対価について合意する必要があります。日本に音楽配信サービスがなかなか参入できないのは,原盤権を保有するレコードレーベルとの間で条件の合意に至るのが難しいというのが最大の原因です。

そのような状況において,この判決では,MTIがコミュニティFMの同時再送信を利用して,比較的低額な原盤使用料でラジオ型の音楽配信サービスと同等のサービスを実現しようとしたと解されたとしてもやむを得ない事情が指摘されています。

個人的に,こういった著作権法の抜け穴を探すのは知的探求としては興味深いのですが,本件ではレ協の約款や契約書の文言から,抜け穴ではないところを抜け穴として通っていると判断されたのでしょう。

なお,本件は,著作権等管理事業法16条の解釈について言及されていますが,同法の立法担当者の見解を踏襲しており,特段の目新しさはありません。

 

*1:リリースを見る限り,コミュニティFMによれば,レ協の主要メンバーであるソニー・ミュージック・エンタテインメントが「Music Unlimited」や「LINE MUSIC」などの音楽配信サービスを行っており,これらと競合するリスラジのサービスを潰しにきたのだ,と言いたいようです。

*2:コミュニティ放送局同士がアライアンスを組む任意団体

*3:災害に関する情報をコミュニティ放送局が放送することは,本来CSRAやMTIなどに承諾を求めるべき事項とはいえず,コミュニティ放送局の独自の判断で放送すべき事項であるにもかかわらずMTIなどに指示を仰ぐのは,番組制作が事実上MTIの管理下にあることを示しているということです。

アーティストが知っておくべき「お金」の知識

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前回のエントリからだいぶ間が空いてしまいました。

このエントリではアーティストとお金の関係について整理していきます。

アーティストがその活動からどうやって対価を得ていくかについては,いろいろなパターンがありますが,アーティストにはどのような権利があって,それについてどんな対価が発生するのかを理解することが重要です。

まず,アーティストがその活動の対価を得る方法は,大きく2つに分けられます。

1つは,事務所から固定の専属料の支払いを受ける方法,もう1つは,さまざまな活動に応じて歩合制で対価の支払いを受ける方法です。また,これらを組み合わせた,固定給+歩合制,というパターンもあります。 

アーティストが事務所を通さず自分で活動する場合は,歩合制の割合が100%になると考えてください。

1 固定給

固定給は,新人バンドなどに多いパターンです。新人のうちは,歩合制にしてしまうと,月々の収入が安定しないため,生活が苦しくなってしまう場合があります。

そのような場合に,事務所がリスクをとって,一定の金銭を支払うのがこのパターンです。契約期間中は,毎月の収入が保証されることになりますので,生活のプランが立てやすく,金銭面でのプレッシャーが少ないというメリットがありますが,その一方で,バンド活動による収入が伸びているのか,下がっているのかがわからず,活動方針をどう定めてよいかわかりにくくなるというデメリットもあります。もちろん,売れてきたバンドなどの場合は,歩合にした方が純粋に手元に入る金額が大きくなるという場合もありますので,それもデメリットと言えます。

固定給の場合は,2で述べるようなアーティストの活動により得られた金銭がその原資となることが多いです。その他,レコード会社などから支払われる育成金が原資となる場合もあります。いずれにせよ,固定給を支払うにも原資が必要ですから,アーティスト印税など,レコードの販売枚数などに応じた対価は,全て事務所が取得し,アーティストには直接は分配されないことも多いです。

ただし,固定給の場合であっても,JASRACやNexToneから支払われる音楽著作権使用料については,代表出版社が代表出版社取分を控除した上で,作詞や作曲をしたアーティストに分配する例も多いようです。

その意味では,純粋に固定給だけ,という場合はそれほど多くないと言えるかもしれません。

2 歩合制

歩合制の場合は,さまざまな活動や権利ごとに,事務所とアーティストの取分が設定されることになります。アーティストが獲得できる金銭には,以下のようなものがあります。

(1)実演の対価

  • アーティスト印税

アーティストには,歌唱や演奏をすることで,実演家の権利が発生します。したがって,アーティストの実演を収録した原盤が利用される場合には,レコード会社からいわゆるアーティスト印税が支払われるのが一般的です。これは,CDなどのレコードだけでなく,音楽配信も対象となります。

アーティスト印税の相場としては,CDなどの商品の小売価格の1%程度(3000円とすると,30円)が一般的です*1。バンドなどの場合には,全員で1%となることが多く,4人編成のバンドでは,一人あたり0.25%(7.5円),選抜メンバーが16人のAKBの原盤では,0.063%(1.89円)となります*2

  • ライブ出演料

また,ライブ活動についても対価が発生します。1本あたりいくら,と決める場合もありますし,アーティストによっては,ライブによって得た利益(チケット販売収入ー制作経費などの諸経費)を,事務所と分配するというケースもあります。

  • 報酬請求権

これはあまり耳慣れないかもしれませんが,実演家には,商業用レコードの二次使用料,貸与報酬,私的録音録画補償金といった報酬等の分配を受ける権利を有しています。これらの内容の詳細については別エントリで解説しますが,これらの報酬等は,これらの報酬等を分配する団体に所属しなければ分配が受けられません。ミュージシャンであれば,事務所が音事協音制連といった団体に所属していれば事務所経由で受け取ることができます。また,事務所に所属していないアーティストも,MPNといった個人加入も受け付けている団体であれば,報酬等を受領することができます。

これらのお金は,実演が利用されれば定期的に入ってくるお金ではありますが,団体に所属しないと受け取ることができず消えていってしまうものです。また,報酬請求権について知識があるアーティストは少ないので,事務所からその存在を知らされず,全く分配を受けていないケースもあります。 

(2)著作の対価

  • 音楽出版

アーティストにとっての著作の対価と言えば,やはり作詞・作曲による対価でしょう。これは,JASRACやNexToneといった著作権管理事業者から入金されるのが一般的です。

先日のエントリでも紹介しましたが,代表出版社との間でMPA書式による著作権譲渡契約が締結されることによって,著作権の譲渡が行われます。代表出版社が所属事務所の場合もありますし,そうでない場合もありますが,出版社取分は全体の3分の1か2分の1であることがほとんどです。

著作の対価については,バンドなどによってその扱いに差がありますが,バンド名義の作詞・作曲として,メンバーに均等に分配している例もあれば,実際に作詞・作曲を行ったメンバーが総取りする例もあります。いずれの分配方法とするにせよ,メンバー間でよく話し合って決めないと,思いがけずトラブルとなることもあります。

  • 小説,エッセイなどの執筆

それ以外の著作の対価としては,書籍の執筆などがあります。辻仁成さんから星野源さんまで,ミュージシャンでありつつ作家として活躍する方もたくさんいらっしゃいます。この場合は,楽曲の制作に比べてより個人的な創作物でしょうから,仮にバンドのメンバーであったとしても,執筆を行ったメンバーが総取りすることになるでしょう。 

(3)パブリシティ権の対価

  • 物販

まず,Tシャツやタオルなどの物販商品の対価がこれにあたります。物販商品が1個売れるごとに,販売価格のXX%と定める場合もありますし,売上から経費を控除した利益を一定割合で分配するという場合もあります。

新人バンドなどは,グッズを手売りする場合も多いので,物販で歩合制を採用すると,手応えを実感できるようになり,アーティストのモチベーションもアップするでしょう。

  • ファンクラブ収入

また,物販以外に,ファンクラブ収入もあります。ファンクラブは,年会費や月額課金によって,ユーザーから対価を徴収しますが,これらもアーティストに分配されるべき金銭です。ウェブサイトの運用費などの経費を控除した利益を,事務所とアーティストで分配することが多いでしょう。

  • CM出演

これ以外にも,コマーシャルに出演した場合にも出演料などが支払われますが,これについても事務所とアーティストで分配することが多いでしょう。福山雅治さんやトータス松本さんが,ビールのCMに出演していますね。

CMの出演については,契約金という名目でまとまった金銭が支払われることが一般的です。それに加えて,スチールの撮影やテレビCMの撮影ごとに,追加の出演料が支払われるのも一般的です。

  

このようなアーティスト活動にまつわるお金の知識は,事務所と契約する際,条件交渉する際,また,契約が終了する際には必須の知識です。

仮に,固定給での支払いであったとしても,アーティストがレコードや物販の売上を自ら把握することで,何がファンに受け入れられ,何にファンがお金を支払ったのかを知る一助となります。

このような知識はアーティストの活動に必ず寄与するものですので,頭の片隅に入れておいて損はないでしょう。

*1:ただし,この数字が妥当かについて,個人的には疑問があるところです。

*2:おそらく固定給で,実際に歌唱したメンバーで均等割しているわけではないでしょうが。

アーティストが契約を結ぶ前に知っておくべきポイント

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ライブハウスなどで活動をしているバンドマンには、インディーズ志向が広まった現在においても、「メジャーデビュー」を目標に掲げているバンドマンも多いのではないでしょうか。

 1.「メジャー」とは

そもそも、「メジャー」とは何でしょうか。これは、日本と日本以外の国では少し意味が違っています。「メジャーレーベル」は、シェアの大きなレコード会社を指しますが、世界的には、ユニバーサル、ソニー、ワーナーを三大メジャー*1といい、これ以外は全てインディーズと認識されています。

 一方で、日本では、一般社団法人日本レコード協会に加盟しているレコード会社を「メジャー」と呼んでいます。したがって、日本ではエイベックスも、トイズも、コロムビアも「メジャー」ですが、世界的には、「インディーズ」であり、強いて言えば「ローカルメジャー」なわけです*2

 一般的に、これらの「メジャー」レコード会社と契約すると、全国各地に広く流通されることになるため、今までは「メジャーデビュー」指向が強かったのかもしれません*3

 

2.アーティストの「契約」

さて、いざデビューとなると、アーティストはレコード会社やプロダクションと契約を締結することが一般的です。また、デビューまで至らずとも、育成契約などの名目で、レコード会社やプロダクションが契約書を提示してくることがあります*4

 多くの若いアーティストは、「契約」という言葉に舞い上がって、専属料や育成金がいくらもらえるのかだけ確認して、その他の中身は何でもいいからサインしてしまうのではないでしょうか。年齢的にも、知識的にも、ここをこうしてくれ、とは言い難い雰囲気があると思います。

 もちろん、ワガママが通るトップクラスのアーティストではないわけですから、弁護士を間に立てて、あまりにも過剰に、ここをこうしてくれ、こういう条件はイヤだ、などと契約交渉をしようものなら、「使いにくい」「面倒」という印象を持たれることになってしまい、「それじゃもういいです」と契約すら流れてしまいかねません。

 新人アーティストの契約は、交渉ができないことが多いですが、少なくとも「契約を終わらせることができるか」という点、つまり契約期間と契約の終了方法については確認しておくとよいでしょう。これは、契約条件が多少マズくても、ある程度の期間で終了させることができれば、アーティストが力をつけてきた場合に新たに条件の変更など、契約交渉のチャンスが得られるからです。

(1)ポイントその1 契約期間

契約期間について定めた条項はいくつかあるのが一般的ですが、まず1点目は、契約期間がいつからいつまでかを確認します。例えば、2016年●月●日から1年間、とか、2016年●月●日〜2017年●月●日まで、と具体的に記載されています。1年間や2年間であればまぁ妥当という感じもしますが、5年以上になってくると、本当にその5年間をその条件でそのレコード会社やプロダクションと過ごしてよいのか、よく検討する必要があるでしょう。

例えば、18歳のアイドルが5年契約をする場合、18-23歳という、アイドルとしては非常に重要な時間をその契約のもとで過ごすことになります。1年契約であれば、この事務所やレーベルはマズイなと思った場合に、早期に契約を終了させることができます*5

また、契約書によっては、仮にアーティスト側から契約の解除を希望した場合であっても、プロダクション等の裁量により、1回だけ契約を延長できると定められている場合もあります。この条項では、当初の契約期間と同じ期間だけ延長できると定められている場合が多いのですが、仮に5年契約の契約書であった場合には、この契約書にサインしてしまえば、延長分と併せて10年間は契約を終了させることができません。条件変更もできない場合も多いので、アーティストのアーティスト生命を左右する恐ろしい条項の1つです。

以上のように、契約期間については非常に重要ですので、最低でもその点は確認、交渉をすべきでしょう。

 (2)ポイントその2 商標について

もう1点、注意を要するのは、商標についてです。

プロダクションなどがアーティストと契約する際に、契約書に、バンド名や芸名について商標を取得することに同意するよう求めたり、商標取得の同意書にサインさせたりする場合があります。

仮にプロダクションがバンド名について商標を取得し、バンドがそのプロダクションを円満に離れられれば問題ないですが、仮に少々揉めて事務所を離れた場合には、バンドの活動が制限される可能性があります*6

バンドにとって、バンド名の変更は、今まで積み上げてきたイメージや人気を失いかねないものですから、バンド名やユニット名を自由に利用できるということは極めて重要です。

 したがって、商標に関する事項が契約書に含まれていたり、商標に関する同意書を求められた場合には、安易にサインしないように注意すべきです。

 

 

*1:2013年にEMIがユニバーサルに吸収合併されたことにより、四大メジャーが三大メジャーになりました。

*2:さらに言えば、日本のSMEはソニーの子会社で、米国のSMEとは資本関係がないので、日本のSMEも「ローカルメジャー」と言っていいかもしれません

*3:もちろん、クリエイティヴ面でのアドバンテージがあるということも一因でしょう

*4:契約書を作らない場合もありますが、そのほうがアーティストにとっては契約を解除しやすいのでラッキーです。プロダクションなどの立場からすれば、契約書面を作成しないのではリスクが高すぎるでしょう。

*5:逆に、ライトな育成契約のような場合には、契約期間が1年だけで延長規定がなく、芽がないと判断された場合には、プロダクション側からあっさり契約を終了させられる場合もあります。

*6:バンド活動自体ができなくなるわけではありませんが、グッズ販売という現代のバンド活動に不可欠の活動が制限される可能性があります。

JASRACについてのFAQ

JASRACなどの管理事業者に関する疑問としてよく挙げられるものに,

  • なぜ自分の曲を演奏した場合でも使用料を支払わなければならないのか

という疑問と,

  • 自分の曲をライブで演奏したにもかかわらず1円も分配されない

という疑問があります。

 

前者については,しばしば,JASRACと作家との契約が信託契約であり,JASRACに権利が移転してしまっているためであると説明されています。しかし,同じ管理事業者であるNexToneは信託スキームを採用せず,取次を目的とする委任契約により権利の管理を行っていますが,JASRACと同様に,自己利用の場合であっても使用料の支払いが必要になるのが原則です(信託スキームと違って権利は移転していません)。

結局のところ,信託契約かそうではないかという点が重要なのではなく,JASRACの定める信託契約約款や,NexToneの定める管理委託契約約款に,どのような規定がされているかによる問題,すなわち契約上の問題であると言えます。

現実的には,自己利用かそうではないかを管理事業者の側で判別することは困難なので,原則は使用料の徴収対象となるものとしつつ,例外的に,自己利用である旨の申請があった場合には,使用料を免除するという制度を採用せざるを得ないでしょう。

 この点,JASRAC,NexToneともに,プロモーション目的の自己利用の場合などに,一定の範囲で使用料を免除,割引する制度が設けられていますので,プロモーション目的の自己利用の場合は,管理事業者に問い合わせるとよいでしょう。

 

後者は,分配精度の問題があります。もちろん,1曲ごとに確認し,使用料を徴収することができればそれに見合った分配がされるのでしょうが,大量に利用される音楽の全ての利用実績を把握することは簡単ではありません。

もちろん,比較的正確に把握できる利用分野もあります。録音権について言えば,CDをプレスした枚数は当然把握できるでしょうし,インタラクティブ配信や業務用通信カラオケについても,今となってはさすがにダウンロード数や再生回数などのログデータが把握できるようになっているでしょう。

このような把握が比較的容易な利用分野については,精度の高い分配が可能ですが,問題となっているのは,ライブハウスでの演奏や,放送における利用などの,利用実態が把握しにくい利用分野です。

ライブハウスでの演奏などは,正確なキューシートによる利用楽曲の報告がなされなければ管理事業者は把握しようがありません。よく「JASRACが調べればよい。それをしないのは怠慢だ。」という意見もありますが,そんなことをしたらただでさえ高いと言われている演奏分野の管理手数料(26%)がさらに高騰し,作家の取分が大幅に減るだけです。いろいろな意見がありますが,音楽を利用する側の協力も不可欠であることは言うまでもありません。

ライブハウスなどの飲食店における音楽の利用実態は,放送分野についても採用されているサンプリング調査が採用されています。つまり,ある特定のライブハウスを調査対象とし,その調査結果に基づいて,全体の利用状況を推測するという手法が採られています。

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(引用 http://www.jasrac.or.jp/bunpai/restaurant/detail1.html )

JASRACによれば,「一四半期あたり累積で800店から収集した利用曲目を分配資料としています。」とのことです。

放送についても同様に,放送局の1週間分の全曲報告をもとにして,全体の利用状況を推測するという手法が採られています。ただし,放送分野に関しては,かなりの放送局で全曲報告が可能になっており,サンプリング調査を基にした分配の割合は,減少してきています。その意味では,放送については正確な分配に近づいているものと言えます。

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(引用 http://www.jasrac.or.jp/bunpai/broadcast/detail1.html )

このように,サンプリング調査により分配がされている分野については,サンプリングに引っかからなければ,自分の曲が使われたにもかかわらず分配がされない,という問題が生じ,その金額の使途について疑問が生まれたりするわけです。 

ただ,JASRACは管理手数料以上のものを得ることはできませんので,本来全曲報告がされていればその作家に分配されるはずだった使用料はJASRACが掠め取っているわけではなく,「他の作家」に分配されているわけです。

もちろん,たまたまサンプリングにひっかかれば,実際に使われるより大きな金額が支払われる可能性がありますが,サンプリングによる分配は,ヒット曲を持っていない多くの作家にとっては不利に働くことが多いでしょう(たぶん)。

 

 このように,正確な分配には正確な報告が不可欠ですが,今後は新技術によってそれがますます可能になっていくと思われます。それがいわゆるフィンガープリント技術です。Shazamやgracenoteといったサービスが著名ですが,例えばラジオにスマホのマイクを近づけると,それが何の曲かを判別してくれます。 

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このようなフィンガープリント技術を使ったサービスとして,スペインのバルセロナに本拠を置くBMAT(ビーマット)という会社が,管理事業者やライツホルダー向けに,フィンガープリント技術を使ったVERICASTというサービスを提供しています。

仕組みは単純で,BMATから提供される機器に,テレビ・ラジオ放送やライブ会場のPA機材からLINE接続し,収集したデータをリアルタイムにBMATサーバーに転送し,そこで蓄積されたどの音源と一致するかの判定が行われます。音楽だけが流れているクリーンな状態で99.9%の判別が可能で,テレビのBGMやライブ音源なども,ある程度の精度で判別可能なようです。精度は100%ではないとしても,現状のサンプリング調査よりは遥かに高い精度で徴収・分配ができるようになるはずです。

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また,BMATのサービスを利用すれば,全世界で,いつ,どこで,どんな形で自分の楽曲が利用されているかを把握することができますので,多くのアーティストにとって強力なマーケティングツールにもなるでしょう。

本来は,民放連などの音楽の利用者側が積極的にこのようなサービスを導入し,正確な利用状況の報告をすることで,作家に適正な分配を行うべきですが,前述したとおり正確に分配されると困る人たちも多いので,なかなか一筋縄ではいかないと思いますが,全ての作家にとってフェアな正確な徴収分配は,適正な音楽業界の発展には必要だと思います。

 

 

 

共同原盤契約

1.共同事業契約書とは

共同原盤契約書とは,原盤の制作に関する契約書です。

原盤とは,いわゆるマスターのことをいい,これを複製することで,レコード,CDや音楽配信が行われます。

原盤を制作する(いわゆる「レコーディング」のこと)には,当然に費用がかかりますが,その費用を共同して負担することで,それぞれのリスクを減らそうというのが共同原盤契約になります。

多くの場合は,プロダクションやレコード会社との間で締結されます。各レコード会社がひな形を持っていて,多くの場合はそれを実情に合せて若干カスタムしたものが提示されることがほとんどです。

 

2.共同原盤契約に定める対価

共同原盤契約の仕組みは,プロダクションとレコード会社で,ある割合(多くは50%ずつ)にしたがって原盤制作費を負担すると定めるとともに,その原盤に関してプロダクションに発生した権利(制作費の50%を負担すれば,原盤に関する権利*1を,レコード会社に譲渡するというものです。

 

そして,その権利譲渡を受けて,レコード会社は原盤を利用してCDを製造・販売したり,音楽配信を行ったりする一方で,譲渡の対価として,プロダクション等に対して「原盤印税」を支払います。原盤印税は,CD等の小売価格*2の12%~16%程度となることが一般的で,その数字をベースに,原盤制作費の負担割合に応じて,プロダクションに対して原盤印税が支払われることになります。

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 (引用 音楽主義No.75 一般社団法人日本音楽制作者連盟)

また,原盤印税の調整として,プロモート印税やプロデュース印税の名目で,1~2%の印税を設定することもあります。国内メジャーを含む多くのメジャーのレコード会社は,契約書の修正に応じないことも少なくありませんが,決して交渉ができないと諦めるようなものではありませんので,プロダクションやアーティストは粘り強く交渉することで,少しでもよい条件の契約を目指すべきでしょう。

 

3.交渉力のあるアーティストは

なお,共同原盤契約にも,契約期間中に,一定の枚数のレコードのリリースがノルマとして定められており,契約期間中には他のレコード会社からレコードのリリースができないという,いわゆる「(レコード会社)専属実演家契約」の要素が含まれている契約と,単にあるレコードをリリースするための原盤制作を目的とする,ワンショットの契約があります。

前者の専属契約は,一定のレコードのリリースがノルマとして設定され,それを完遂するまで別のレコード会社からリリースができないという制限がありますが,レコード会社から一定の契約金が支払われる場合があるという点で,メリットもないとは言えません。アーティストによっては,次のリリースが保証されることがメリットになるというアーティストもあるでしょう。

ただし,交渉力のあるアーティストであれば,ワンショットの契約を締結することで,例えば,「今回のレコードのプロモーションなどに不満があれば別のレコード会社に移籍する」というカードを抜くこともできますので,専属性を持たないワンショット契約の締結交渉をすることも検討すべきでしょう。

4.共同原盤契約の契約交渉

具体的な共同原盤契約の中身については,印税率などの金銭的な条件の交渉と,その他の条件の交渉に大別されます。

(1) 金銭面の条件

金銭的な交渉においては,印税率の交渉のみならず,ジャケット代,配信控除,出荷控除(印税の計算対象数量)にも注意が必要です。出荷控除は,印税の計算対象数量が,レコード会社の中央倉庫(または営業所)から出荷される数量のXX%などとして定められることが一般的で,その数字は10~20%(計算対象数量としては80~90%)が一般的です。出荷控除が20%ということになると,10万枚売れたCD(3000円)も,印税の計算対象となるのは8万枚ということになり,仮に原盤印税が10%だった場合は,印税額は2400万となります。

出荷控除が10%であれば,計算対象は9万枚となり,印税額は2700万となり,300万円もの差額が出ることになります。出荷控除20%,原盤印税11%の場合は,印税額が2640万となりますから,印税率を1%上げるより,出荷控除を20%から10%に条件変更をしたほうがアーティスト・プロダクションサイドには有利となります。レコード会社の中には出荷控除20%を強硬に主張するところもありますが,その数字に根拠はありません。

(2) その他の条件

その他の点については,

  • 監査条項を設けることで,印税支払いの適性を担保すること,
  • 制作した原盤に収録された楽曲と同じ楽曲のレコーディングを制限する再録禁止期間を短縮する
  • レコーディング目的の実演自体を制限する実演禁止期間を短縮する

などの交渉を行うことが考えられますが,細かい交渉ポイントはたくさんあります。共同原盤契約に限りませんが,レコード会社との契約交渉は,経験値がないと「そんなもんか」と納得させられてしまいますので,注意が必要です。

*1:著作権法的には「レコード製作者の権利」になります。

*2:厳密には後述するジャケット代が引かれた金額が算定基準価格となります。共同原盤契約には,アーティストの実演収録の対価であるアーティスト印税の定めを置くことが一般的です。CD等の小売価格の1%とされるケースが多いですが,アーティストパワーによっては,5%程度にもなるケースもあります。

著作権譲渡契約(いわゆるMPA書式)

音楽ビジネスの世界では,著作権譲渡の契約をする場合に,FCA・MPAフォームというフォーマット(「MPA書式」と言われます)が広く利用されています。

 

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FCAは日本音楽作家団体協議会のことで、日本作詞家協会、日本作曲家協会、日本作編曲家協会など音楽作家の団体が参加している協議会です。また,MPAは日本音楽出版社協会のことで,音楽著作権を管理する音楽出版社の団体です。
 
要するに,作家側,音楽出版社側が協議した上で作成したフォーマットということで,広く利用されています。なお,音楽出版社は,現代においては広く音楽著作権の管理を行う会社ですが,その歴史において,楽譜の出版から始まったと言うこともあり,「出版」の文字が名残として残っています。 代表的な音楽出版社としては,フジパシフィックミュージック,日音などの放送局系の音楽出版社,ソニー・ミュージックパブリッシング,ユニバーサル・ミュージック・パブリッシングなどのレコード会社系の音楽出版社,アミューズなどのプロダクション系の音楽出版社があります。
  
MPA書式は,内容はなかなか難しいのですが,MPAのサイトで逐条解説が設けられていますので,内容を理解する上での参考になります。管理方法や,楽曲の創作に関わった作家全員と契約するか,個別に契約するかによって,合計8種類のフォーマットが用意されています。
 この契約は,作家が出版社に対して著作権を期限付で譲渡する代わりに,その楽曲の利用によって得た印税(一般的には,JASRACやNexToneといった著作権管理事業者から入金されます)の何割かが,音楽出版社を通じて作家に支払われることになります。MPA書式において重要なポイント(というか可変部分がそこしかないのですが)は,
  • 出版社と作家の取分を決めること
  • 楽曲の管理方法
  • 契約期間

となります。

 

(1)出版社と作家の取分を決めること

出版社と作家の取分については,昔は出版社取分が2分の1であることが多かったように思いますが,最近は3分の1とする例も多いように思います。残額が作家に分配されることになります。
 
なお,通常は,音楽出版社がJASRAC等の管理団体から著作権使用料の100%を受取り,それを再分配するのですが,JASRACのメンバーに限り,一部の著作権使用料(演奏権使用料といい,コンサートやカラオケ,放送などで作品が利用される際に発生する使用料)を音楽出版社を通さず 直接作家が受け取ることができます。
 
これは,CISACという音楽著作権管理団体の国際組織が定める「ゴールデン・ルール」によるもので,作家の権利保護を目的とするものです。現時点で,NexToneにはこのような直送の制度はありません。
 

(2) 楽曲の管理方法

楽曲の管理方法については,どの管理範囲をどの管理事業者(JASRAC,NexTone)に信託または委託するのか,あるいは,自ら管理するのかを決める必要があります。この規定が,JASRACからNexToneに権利を移転するために,個別に作家の承諾を取らなければならないことの根拠のひとつとされています。
 

(3)契約期間

契約期間については,昔はほとんどが著作権存続期間満了までという契約でしたので,何十年経っても昔結んだ著作権契約が解除できず,ほとんど業務を行っていない音楽出版社にも手数料を取られ続けざるを得ないという例もあります。
しかし,本来出版社が出版社取分として対価を得ることができるのは,音楽著作権の管理のほか,利用開発を行うことがタテマエになっている(書式第1条)ことも理由です。
第1条(目的) 本件作品の利用開発を図るために著作権管理を行うことを目的として、甲は、本件著作権を、以下に定める諸条項に従い、乙に対し独占的に譲渡します。
10年を超えて利用開発され続ける楽曲はほんの一握りの楽曲ですので,最近は契約期間を10年として,10年経過後には期間満了により契約を終了させ,作家が権利を取り戻す例もあります。
いずれにせよ,契約の存続期間を著作権存続期間中としてしまうと,契約を終了する術がかなり限られてしまいますので,一定の期間を設けることが望ましいでしょう。