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音楽著作権弁護士のブログ(仮)

ウェブ上にあまり出てこない音楽著作権情報をお届けします。

ポール・マッカートニーと終了権制度

先日、ポール・マッカートニーが、ニューヨークで、ビートルズのメンバーとして彼が創作した楽曲の著作権を取り戻すことについての確認を求めて、Sony/ATVに対して訴えを提起したとのニュースがありました。

f:id:gktojo:20170205044509p:plainPaul McCartney Sues to Get Back His Beatles Songs

https://www.nytimes.com/2017/01/18/business/paul-mccartney-beatles-songs-lawsuit-sony.html

この提訴の背景にあるのは、米国著作権法に定められた「終了権」という制度です。

この制度は、簡単に言ってしまえば、例えばある著作権を第三者に譲渡してしまった場合であっても、一定期間経過後に、権利者に書面を送達することでその譲渡を終了させ、著作権を取り戻すことができるという権利です*1

1978年1月1日以降に権利譲渡がされた作品については、最速で35年を経過した時点で、その著作権を取り戻すことができるとされています*2。 

第203条 著作者の権利付与による移転および使用許諾の終了
(a) 終了の条件ー職務著作物以外の著作物の場合、1978年1月1日以後に著作者が遺言以外の方法によって行った、著作権またはこれに基づく権利の移転または独占的もしくは非独占的な使用許諾の付与は、以下の条件において終了する。

・・・(中略)・・・

(3) 権利付与の終了は、権利付与の実施の日から35年後に始まる5年間にいつでも行うことができる。また、権利付与が著作物を発行する権利にかかる場合、上記期間は、権利付与に基づく著作物の発行の日から35年後または許可の実施の日から40年後のうち、いずれか早く終了する期間の最終日から起算する。 

一般的に、アーティストは交渉力が弱いことが多く、音楽出版社などと契約を結ぶ際に、不利な条件で契約を締結せざるを得ないことが多いといえます。仮にその曲が大ヒットしたとしても、交渉力が弱いうちに不利な条件で長期の契約をしてしまうと、その楽曲が莫大な利益を生み出しながらも適切な対価がアーティストに対して支払われないままとなってしまいます。このような立場上弱いアーティストに、再交渉のセカンドチャンスを与え、適切な対価を取得させようというのが、終了権の趣旨です。

最近でこそ、日本でも10年またはそれ以下を譲渡期間とする著作権譲渡契約書をよく目にするようになりましたが、交渉力のないアーティストは「著作権存続期間(=死後50年)」にわたり譲渡する、とされることが多い日本の音楽業界にとっては衝撃的な制度です。現在のトップアーティストであっても、交渉力のない時期に、不利な条件(著作権収入の50%が音楽出版者の取分)で著作権存続期間にわたる著作権譲渡契約を締結せざるを得ないという例も多々ありました。

日本で音楽著作権の譲渡時に使われるMPA書式には、

第1条(目的)
本件作品の利用開発を図るために著作権管理を行うことを目的として、甲は、本件著作権を、以下に定める諸条項に従い、乙に対し独占的に譲渡します。(後略)

とありますが、いったい50年以上にわたりどんな「利用開発図るための著作権管理」をしているのか謎です。利用開発しないんだったら権利を返してくれ、と言いたくなるのも当然です。

実際に米国においてこの終了権制度は機能しており、記事によればボブ・ディラン、トム・ペティ、プリンスなどのアーティストが、終了権の行使を盾として、よりよい条件にて再交渉をすることができたとあります。

なお、記事には、Duran Duranが英国で終了権行使を主張して提訴した事案が紹介されています。この事件の判決文全文には目を通していませんが、記事等によれば、著作権譲渡契約の準拠法が英国法のみであるため米国法に基づく終了権は行使できないとするSony/ATVの主張が認められたようです。

Duran Duran Loses Case, Brought In Britain, Over American Copyrights | Billboard 

Duran Duran事件判決

(Gloucester Place Music Ltd v Le Bon & Ors [2016] EWHC 3091 (Ch) (02 December 2016) )

http://www.bailii.org/cgi-bin/format.cgi?doc=/ew/cases/EWHC/Ch/2016/3091.html&query=%28Gloucester%29+AND+%28Place

  

この判決を受けて、Sony/ATVはポールに対しても同様の対応をしたため、ポールは提訴に踏み切ったとされています。

 Mccartney termination by Eriq Gardner on Scribd

 

いずれにせよ、法律により交渉力のアンバランスを是正しようとすることは、アーティストがギルドや組合などによって組織化されていない日本にこそ必要な制度であると思います。日本法においても消費者保護法制は存在しますが、アーティストは個人事業主であるため、それだけで多くの消費者保護の法律が適用されなくなってしまいます。「個人事業主である以上、契約については大企業と対等な立場である」などという考えが単なる理想論にしか過ぎないことは明らかです。アーティストやアスリートなどの契約上弱い立場に立たされる個人事業主にも、交渉力のアンバランスを是正する法制度が必要なのではないでしょうか。

なお、この記事を作成するにあたっては、安藤和宏「アメリカ著作権法における終了権制度の一考察 ―著作者に契約のチャンスは2度必要かー」(早稲田法学会誌第58巻2号(2008))を改めて拝読させていただきました。2008年時点で終了権に着目し、日本法においても交渉力の不均衡を是正する制度の構築を提言されているのはさすがです。

 

 

*1:具体的な手続については、

The Right to Terminate: a Musicians’ Guide to Copyright Reversion | Future of Music Coalitionが詳しいです。

*2:1978年1月1日以前に権利譲渡された作品については、304条(c) が適用されます。本件でも203条ではなく、304条の問題として訴訟提起されています。