最近JASRACが音楽教室から使用料を徴収するということで、あちこちで炎上していましたが、JASRACが炎上すると急にJASRAC関係の記事のアクセスが激増します・・・
音楽教室の件もそうですが、本件もかなり専門的かつ横断的な分野の知識が必要になりますので、なかなか正確に理解されていない面があると思います。
さて、中編では審決まで解説しましたので、最後は審決取消訴訟から放送使用料の徴収の現状、その他のJASRACに残された課題までを解説します。
なお、本件は独占禁止法上の論点も多数含んでいるのですが、本ブログの趣旨から、あまり深入りせずにまとめています。
4 審決取消訴訟
(1)東京高裁判決(2013年11月1日)
審決の内容は既に中編で説明しましたが、この審決が出されることによって、JASRACに対してなされた排除措置命令は取り消されることとなりました。公正取引委員会が自ら出した排除措置命令を自ら取り消すわけですから、通常はこれで審決が確定するはずでした。
しかし、「JASRAC無罪」の審決に対し、JASRACと競争関係にある管理事業者であるイーライセンスが、公正取引委員会を相手に東京高裁に対して審決取消訴訟を提起しました。
結論としては、この審決取消訴訟において、原告であるイーライセンスの請求が認められ、JASRACに対する排除措置命令を取り消した審決が取り消されることとなり、これにより、排除措置命令の効果が復活することになりました(判決全文)。
そもそも審決取消訴訟は、審決の名宛人である者(本件で言えば、公正取引委員会かJASRAC)が原告となって提起することが想定されており、審決の名宛人でないイーライセンスが訴訟提起の当事者となり得るかについては、当時は一定の疑問符がつけられていました*1。
本件訴訟においては、飯村敏明判事を裁判長とする東京高裁特別部により担当されることになりました。飯村裁判官は、Apple対Samsung事件やロクラクⅡ高裁判決など、多数の著名事件でインパクトのある判決を残してきた裁判官です。
本件訴訟の第1回目の期日において、JASRACが参加人として当該訴訟に参加することを許可する決定がなされ、原告をイーライセンス、それまで審査官と被審人という立場で対立する関係にあった公正取引委員会とJASRACがそれぞれ被告、参加人として、共に審決の妥当性を主張して原告であるイーライセンスと争うという奇妙な構図となりました。
審決取消訴訟における争点は複数ありましたが、重要なのは2点で、一つはイーライセンスが原告となることができるのか、もう一つは、排除措置命令を取り消した審決に、事実認定の誤りがあるのか、という点です。
1点目については、高裁は「排除措置命令を取り消す旨の審決が出されたことにより, 著しい業務上の被害を直接的に受けるおそれがあると認められる競業者については, 上記審決の取消しを求める原告適格を有するものと認められる」として、イーライセンスの原告適格を認めました。
2点目については、高裁は、審決においては重要視された「恋愛写真」の利用実績については、実質的証拠がない(=事実認定について誤りはない。)とまでは判断しませんでしたが、結論としてはJASRACの行為について排除効果を認めました。審決はこの点に着目して排除措置命令を取り消した一方で、その点は必ずしも誤りではないとしつつ排除効果を認めた高裁判決は対照的です。
このような判断は、排除行為に該当するためには、「実際に」他の事業者の事業活動を困難にし、他の事業者の参入を「具体的に」排除することまでは必要ではないという原則に従ったものと評価することができるでしょう*2。
(2)最高裁判決(2015年4月28日)
当然ですが、JASRACはこの判決を不服として、上告しました。公正取引委員会も一応上告はしています。
最高裁判決は、独占禁止法上興味深い点もありますが、本ブログの趣旨から外れるためここでは詳細は述べることはしません。端的には、JASRACがその管理楽曲に係る放送使用料の金額の算定に放送利用割合が反映されない徴収方法を採用することによって、他の管理事業者の参入を著しく困難にした、と判断されました(判決全文)。
最高裁判決は、独占禁止法違反となる1つの論点についてしか判断していませんので、厳密にはこの最高裁判決のみをもってJASRACが独占禁止法違反であるということにはなりません。最高裁判決により、審決が取り消されることが確定した結果、他の要件の該当性を審理するため、審判が再開されることになりました。
5 放送分野の徴収方法の改善へ
最高裁判決が待たれる中、2015年2月から、JASRAC、イーライセンス、JRC、NHK、民放連に加えて、オブザーバーとして文化庁が参加する「放送分野における音楽の利用割合の算出方法に関する検討会」が行われるようになりました。このような動きは、うがった見方をすれば、最高裁においてJASRACが「負ける」ことを各プレイヤーがリアルに感じ始めたため起こったと言うこともできるでしょう。
この検討会は、排除措置命令において問題とされたアドオン構造の解消に向けた協議会であり、JASRAC、イーライセンス、JRCと3社が参入した放送分野において、どのように管理事業者ごとの使用割合を反映するかなどが検討課題とされました。
この検討会は2015年9月に合意に至り、「管理事業者が放送分野で管理する楽曲の総放送利用時間時間(秒単位)を分母とし、各管理事業者が管理する楽曲の利用時間を分子とする」ことで算出される利用割合を、各管理事業者の使用料に反映させるとの内容となりました。
- 「放送分野における音楽の利用割合の算出方法に関する検討会」における合意について (イーライセンス)
- 放送分野の著作権使用料、管理事業者ごとの作品の割合を考慮した計算へ|NexTone | 株式会社Nextone JRC事業本部
つまり、JASRAC、イーライセンス、JRCの3社のいずれかに管理されている楽曲が100秒使用された場合、そのうちJASRACの楽曲が90秒使われていれば、JASRACの放送使用料(使用料規程上は放送事業収入の1.5%)に、100分の90を乗じることにより、使用料を算出することになります。
これにより、イーライセンスやJRCの楽曲を使用したとしても、その分JASRACの使用料が減ることになるため、従来問題となっていた「追加負担となるから」という理由での利用回避は理屈上は発生しないこととなりました。利用割合が反映されなければ、イーライセンスやJRCの楽曲を使用すれば必ずJASRACの使用料にアドオンされて使用料が発生し、放送局が支払う使用料の総額が増加していたところ、利用割合が反映されることにより、イーライセンスやJRCの使用料がJASRACに比して安ければ、使えば使うほど使用料の総額は減少し、JASRACと同一の金額であれば、総額は上昇しないことになります。
したがって、放送局にとっても、イーライセンスやJRCの放送使用料がJASRACの放送使用料より高いのであれば別段、同じ金額または安い金額であれば、イーライセンスやJRC(現NexTone)の楽曲を使わないメリットは少なくとも放送使用料の多寡の面では存在しないことになりました。ようやく「使いたい楽曲を追加料金を気にせずに使える」ようになったわけです。
なお、この利用割合を勘案した使用料の算出は、2015年度の放送使用料から適用されており、排除措置命令が違法であると指摘した状態は既に解消されています。
細かい点を指摘するとすれば、「管理事業者が放送分野で管理する楽曲の総放送利用時間(秒単位)」が分母である以上は、放送局がクラシックなどの著作権が消滅している楽曲や著作権フリーの楽曲をいくら使おうとも、音楽にかかるコストは変わりません。先日あったブルガリアでのニュースのように、「一切管理事業者の楽曲を使わない」という方法でしか、音楽にかかるコストを削減する方法はないのが現状です。もちろん、楽曲単位の個別契約という方法もありますが、包括契約に比して単価が高いというのが現状です。
2016年2月1日には、イーライセンスとJRCが事業統合され、新会社としてNexToneが成立しました。
この後、同月にはJASRACに対する損害賠償請求訴訟を取り下げるとともに、再開されていた審判への参加も取り下げ、いわば「矛を収めた」形となりました。
この後、2016年9月9日付けで、JASRACが審判請求を取り下げる形で審判は終結し、2009年に出された排除措置命令が、およそ7年半の歳月を経て確定することとなりました。JASRACが審判請求を取り下げた理由は以下のようなものです。
- 排除措置命令を受けた当時、一部のFM放送事業者などにおいてしか実施されていなかった全曲報告が広く行われるようになり、同命令が求める放送事業者ごとの利用実績に基づく利用割合の算出が可能となってきた。
- 上記1を受けて開始した5者協議において、2015年度分以降の放送使用料に適用する利用割合の算出方法について合意したことにより、排除措置命令が問題とした状況は、既に事実上解消されつつある。
- 株式会社NexToneが当協会に対する損害賠償等請求訴訟を取り下げ、審判への参加についても取り下げたことにより、競争事業者間の係争事案は全て解決し、排除措置命令の正否を争う審判手続だけが残る形となった。
- 上記1から3までの状況の変化を考慮した結果、排除措置命令の取消しを求めて争い続けるのではなく、審判請求を取り下げて本来の業務に全力を尽くすことが権利者・利用者その他の関係者を含む音楽著作権管理事業分野全体にとって有益であるとの判断に至った。
排除措置命令に対するJASRACの主な反論として繰り返し言われ続けていた、「全曲報告がされていない以上、利用割合を算出できない」という主張とは矛盾しない形で、何とか格好をつけての排除措置命令の受け入れとなりました。
なお、仮にこのような形で一応の解決をみたとしても、本件はJASRACが排除措置命令違反を継続していた期間において課徴金を課されてもおかしくはない事案のように思いますが、現時点では公取の見解は不明です。植村先生のブログにおいて課徴金納付命令の可能性についてわかりやすく検討されています。
kyu-go-go.cocolog-nifty.com
6 残された課題
放送分野の徴収という大きな問題はクリアされましたが、残された課題として、いまだに本件で問題になった放送分野と同様の、利用割合を反映しない包括徴収が行われているという点が挙げられます。
先日、音楽教室からの演奏権使用料の徴収が話題となりましたが、その主張の当否は置くとして、この利用形態が含まれる「演奏等」の分野は、その全てが利用割合が反映されない形での包括徴収が規定されています。
その他、インタラクティブ配信分野のストリーム配信分野など、一部の利用形態においては利用割合を反映するかたちの使用料徴収となっているものの、その他の多くの分野にわたり、利用割合が反映されない形での包括徴収が規定されています。このような使用料規程は、放送分野同様に、独占禁止法違反となる可能性があります。しかし、最高裁判決が出され、JASRAC自らによる審判請求の取り下げが行われた後も、これらの利用割合が反映されない形の包括徴収については、JASRACによる改善は見られません。
さらに、信託範囲の区分をどのように設定するかという問題があります。現状のJASRACの信託約款においては、JASRACに「演奏」を信託すると、
- 上演
- 演奏会
- 催物における演奏
- カラオケ施設における演奏
- ダンス教授所における演奏
- フィットネスクラブにおける演奏
- カルチャーセンターにおける演奏
- 社交場における演奏
- ビデオグラム上映
といった全ての利用態様について一括して信託する必要があります。
しかし、演奏等の利用の内訳は、以下のとおりであり、各利用態様によって大きなばらつきがあります。
(上記割合はJASRACの2016年上半期の徴収実績による)
演奏分野のJASRACの管理手数料*3は諸外国に比べても高いと言われていますが、管理分野の抱き合わせが行われなければ、例えばカラオケ演奏分野は管理を信託するが、コンサートなどの演奏会における演奏は信託しない、といった権利の預け方も可能になり、演奏分野の中で大きな割合を占めるカラオケ演奏分野を信託しつつ、自ら利用することが多いにもかかわらず管理手数料が高いコンサート等での演奏分野は自己管理とすることも可能になります。
また、SNSなどでは音楽教室においては無償で使用させてもよいと発言する権利者もいたように、権利者が音楽教室においては無償で使わせたいということであれば、その分野も自己管理して、無償で許諾を出せばよいことになります。
このような柔軟な信託が可能になれば、利用者にも権利者にも大きなメリットとなり、高い徴収能力を誇るJASRACが音楽業界の発展に寄与するものと考えられます。もちろん、これらと並行して、JASRACにおいて公平な分配方法を採用すること、利用者においても利用実態を正確に報告すること、これらを容易にするフィンガープリントなどの技術*4の開発に努めることは、どれも欠くことができないものと言えるでしょう。