昨今、音楽業界の団体がチケットの高額転売に反対し、意見広告などを出しているほか、定価に限定した二次流通を行うウェブサイト「チケトレ - 公式チケットトレードリセール」もサービスを開始したとのことで、チケットの高額転売を巡る動きが慌ただしくなっています。
また、報道等によれば、新たな法規制に向けた動きも活発に行われているようです。
転売自体を直接規制することは自由経済社会の日本においてはなかなか難しく、どのような行為を、どのように、どの程度規制するのかは、さまざまなアプローチが考えられるところです。
チケットの高額転売を規制する法規制として参考になるものとして、アメリカで2016年12月5日にオバマ大統領によって署名された「Better Online Ticket Sales Act (BOTS Act)」*1が著名ですが、
今回は、イギリスの消費者保護を目的とした法律である「Consumer Rights Act 2015」*2を検討してみたいと思います。これらの法規制は、日本における法規制のアプローチの検討に役立つだけでなく、事業者においていかなる対応をすべきか、消費者の権利との関係でいかなる配慮が必要かについて示唆を与えてくれるものと思います。
なお、条文の和訳は参考訳ですので、誤訳・誤読などがあればご指摘ください。
1.転売時のチケットに関する情報提供義務
Consumer Rights Act 2015 には、消費者と事業者との間の取引について、「デジタルコンテンツ」「サービス」などの取引の目的ごとに規制がされている他、「不公正条項」に関する規制がされています。その中の1つとして「チケット転売(Secondary Ticketing)」のチャプターが設けられています。
以下条文を見ながら、制度を概観してみます。
第90条 チケットに関する情報を提供する義務
(1) 本条は、ある者(以下「売主」という。)がチケット転売機関(secondary ticketing facility)を通じて娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットを英国内において転売する場合に適用される。
まず、このように、この法律はチケットを英国において「チケット転売機関」を通じて転売する場合に適用されます。「チケット転売機関(secondary ticketing facility)」は、あまり適切な訳とは思いませんが、インターネット上のチケット転売サイトなどを指しており、日本で言えば「チケットキャンプ」が代表的なものとして挙げられるでしょう*3。
(2) 売主と当該機関の各運営者は、これが当該チケットに当てはまる場合、当該チケットを買う者(以下「買主」という。)が本条第(3)項に定める情報を与えられるよう確実を期さなければならない。
(3) その情報は次に掲げる情報である。
(a) 当該チケットがイベントの会場における特定の座席またはスタンディングエリアに関する場合、買主がその座席またはスタンディングエリアを特定できるようにするために必要な情報
(b) チケットの使用を、記名された特定の者に限定するという制限があれば、それに関する情報、および、
(c) チケットの券面価格
これはなかなか重要な点です。転売する際に売主は買主に対して、
- そのチケットの席番号など
- チケットに印字された氏名と一致しないと入場できない場合は、その旨
- チケットの券面価格
に関する情報を提供して、販売しなければならないとされています。
一見すると、チケットキャンプなどでもよく行われているような、「1列、10番~30番」という特定でもよさそうですが、
(4) 本条第(3)項第(a)号にいう、買主が会場における座席またはスタンディングエリアを特定できるようにするために必要な情報には、該当する限りにおいて、次の各号に掲げるものが含まれる。
(a) その座席またはスタンディングエリアが位置している会場内のエリアの名称(例えば、その座席またはスタンディングエリアが位置しているスタンドの名称)
(b) 買主がその座席またはスタンディングエリアが位置している会場内のエリアの部分を特定できるようにするために必要な情報(例えば、その座席が位置している座席ブロック)
(c) 座席が位置している列を示す数字、文字その他の識別マーク、および
(d) 座席を示す数字、文字その他の識別マーク
席番の特定については以上のような条項が設けられており、座席などが特定されている場合は、その座席についても特定して情報を提供しなければならないと考えられます。
次に、これらの情報を提供しなければならない義務者について、以下のような規定が設けられています。
(6) 売主と当該機関の各運営者は、売主が次の各号のいずれかに該当する場合、買主が本条第(7)項に定める情報を与えられるよう確実を期さなければならない。
(a) チケット転売機関の運営者
(b) チケット転売機関の運営者の親会社または子会社にあたる者
(c) チケット転売機関の運営者によって雇用または委託されている者
(d) 第(c)号に定める者に代わって行動する者、または、
(e) イベントの主催者またはイベントの主催者に代わって行動する者
このように、売主だけではなく、転売サイト等の運営者に対しても、前述のような情報が確実に買主に提供されることが要求されています。
さらに、
(8) 本条によって買主に与えることが要求される情報は、
(a) 明確かつ分かりやすい方法で、かつ、
(b) 買主がチケットの販売にかかる契約によって拘束される前に、
行わなければならない。
という条項も設けられています。
日本でも、ヤフオクやチケットキャンプで転売されているチケットは、席番号を表示させずに、おおよその座席の場所だけを特定するだけで販売されていることがほとんどです。その多くは、席番号を明らかにして高額転売を行うと、イベントの主催者にチケットが無効化されてしまうことが理由だと思われます。
したがって、次の条文では、このような席番表示を義務づけるにあたって、イベントの主催者にある義務を課すことで、バランスを取っています。それが第91条に規定された「キャンセルまたはブラックリスト掲載の禁止」条項です。
2.チケットの取消しとブラックリスト掲載の禁止
第91条 キャンセルまたはブラックリスト掲載の禁止
(1) 本条は、ある者(以下「売主」という。)がチケット転売機関を通じて英国内で娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットを転売する、または転売に供する場合に適用される。
(2) イベントの主催者は、売主がチケットを転売した、または転売に供したという理由だけでチケットをキャンセルしてはならない。ただし、以下の場合はこの限りではない。
(a) チケットの販売に関する当初の契約の条件において、
(i) チケットが当該契約に基づき買主によって転売された場合のそのキャンセルについて定めていた場合
(ii) チケットがその買主によって転売に供された場合のそのキャンセルについて定めていた場合、または、
(iii) 上記(i)および(ii)において述べるように定めていた場合で、かつ、
(b) 当該条件が、本法第2部(不公正な条件)の適用上、不公正でなかった場合
このように、チケットの一次販売を行う主催者が、チケットが転売された場合はチケットが無効になるとチケットの一次販売時において明示していない限りは、転売したという理由だけでチケットを取り消してはならないとされています。
この点については、日本国内のチケットエージェンシーの規約上は、(高額)転売禁止と、それに伴いチケットが無効化される旨が明確に規定されている場合がほとんどでしょう。
(3) イベントの主催者は、売主がチケットを転売した、または転売に供したという理由だけで売主をブラックリストに掲載してはならない。ただし、以下の場合はこの限りではない。
(a) チケットの販売に関する当初の契約の条件において、
(i) チケットがその買主によって転売された場合の当該契約に基づく買主のブラックリスト掲載について定めていた場合
(ii) チケットがその買主によって転売に供された場合の買主のブラックリスト掲載について定めていた場合、または、
(iii) 上記(i)および(ii)において述べるように定めていた場合で、かつ、
(b) 当該条件が、本法第2部(不公正な条件)の適用上、不公正でなかった場合
ブラックリスト掲載についても、一次販売の時点でそうなることを定めておくことが必要とされています。
日本のチケットエージェンシーなどの規約上において、もし今後ブラックリスト化のような対応をする場合には、事前に規約などで規定しておく必要があるという点で、参考になります。
なお、91条と92条に違反した場合の制裁金は、5,000ポンドが上限となっており、実効性にはやや疑問符がつきます。
3.通報義務
また、最近はチケットの高額転売に関連して、一次販売者からチケットを騙し取るという詐欺容疑での逮捕報道もなされているところです。
このような違法に取得されたチケットに関連して、Consumer Rights Act 2015は次のような規定を設けています。
第92条 犯罪活動を報告する義務
(1) 本条は、次の場合に適用される。(a) チケット転売機関の運営者が、犯罪がなされた、もしくは現になされているような方法である者がその機関を利用した、または利用していることを知っており、かつ、
(b) その犯罪が英国における娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットの転売に関連している場合
(2) 運営者は、ある者が本条第(1)項に述べるように当該機関を利用した、または利用していることに気付き次第ただちに、本条第(3)項に指定する事柄を次に掲げる者に開示しなければならない。
(a) しかるべき者(=警察)、および、
(b) イベントの主催者(本条第(5)項に従うことを条件として)
(3) それらの事項は、次に掲げるものである。
(a) 運営者が本条第(1)項に述べる者の身元を知っている場合、その身元
(b) 運営者が、本条第(1)項に述べるように犯罪がなされた、または現になされていることを知っているという事実
この条項から直ちに詐欺によって取得したチケットが転売されたことが、犯罪活動として報告する義務があるかは明言できませんが、チケット転売サイトは、犯罪に関連してチケットの転売サイトが利用された場合には、イベントや警察に対して報告する義務があるとされています。
以上のようなConsumer Rights Act 2015 は、必ずしも転売自体を直接禁止せずとも、違法な高額転売を抑止する方法を示唆してくれます。しかし、制裁金の低さもあってか、なかなかこの法律は有効に機能していないとも言われています。
もし日本でも法規制が検討される場合は、消費者の権利を過剰に制約することなく、かつ、実効性を持ち、音楽業界やライブ・エンタテインメント業界の発展の助けとなるため、活発な議論がされることを期待します。
(2017.11.11追記)
こちらで紹介したConsumer Rights Act 2015に違反しているとの疑いで、大手チケット転売事業者であるViagogoとStubhubに対して当局が調査に入ったと英ガーディアン紙が報じています。
この2社は、自発的に資料を提出することを拒否したため、令状に基づく調査が行われることとなったようです。英国においては、チケットの二次流通事業者に対する法的な締め付けが強くなってきていることが伺えます。
*1:https://www.congress.gov/bill/114th-congress/senate-bill/3183/all-info
*2:http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2015/15/part/3/chapter/5/enacted
*3:具体的には、第95条1項の定義規定において、「娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットの転売を目的とするインターネットベースの機関」と定められています。