今回は,2016年6月21日に公開された「Dear Congress: The Digital Millennium Copyright Act is broken and no longer works for creators.」(連邦議会へ:デジタルミレニアム著作権法は破綻しており,もはやクリエイターのために機能していない。)と題する議会への公開書簡について掘り下げてみたいと思います。
1.公開書簡
この書簡には,テイラー・スイフト,Maroon 5,U2などの186のアーティスト,ユニバーサル,ソニーATV,ワーナーといったメジャーレーベル,その他,BMIやASCAPなどの著作権管理団体が名を連ねています。
2.DMCAとは
書簡においてアーティストらは,DMCA(Digital Millennium Copyright Act)の改正を訴えています。このDMCAという法律は,米国の著作権法を改正するための法律で,2000年に施行されています。
アーティストらが問題視しその改正を訴えているのは,いわゆる「セーフハーバー条項」という規定です。「セーフハーバー条項」は,一定のルールのもとで行動する限りは,ある行為が違法とならないとする条項のことをいいます。
具体的には,ノーティス・アンド・テイクダウン(notice and takedown)がこれにあたります。ノーティス・アンド・テイクダウンとは,権利侵害を主張する者からの通知により,インターネットサービスプロバイダ*1が,アップロードされたコンテンツが権利侵害であるか否かについて実体的な判断を行わず,侵害であると主張されたコンテンツを削除するなどの措置を行うことにより,その責任を負わないこととするものです。
日本でも,プロバイダ責任制限法において類似した制度が採用されています。
3.DMCA改正要求の背景にある「Value Gap」問題
このような公開書簡が出された背景には,いわゆる「Value Gap(バリューギャップ)」問題があります。
このバリューギャップ問題というのは,「音楽業界に対して還元される対価が,実際に消費者によって音楽が楽しまれている量に比べて著しく低いという問題」と説明されます。このバリューギャップ問題の原因として槍玉に挙げられているのがYouTubeです。
音楽業界はどのようなデータに基づいてこのような主張をしているのか,IFPI*2が毎年発行している「GLOBAL MUSIC REPORT 2016」に掲載された数字を見ながら紹介します。
まず,音楽の有料サービスの主流は,世界的にはダウンロード型からストリーミング型のサービスに移ってきており,既に40か国以上で,ストリーミングサービスによる収入が,ダウンロードサービスを上回っています。ストリーミングサービスの中心となるのは,SpotifyやAppleMusicなどのサブスクリプションサービスで,日本でも,AWAやLINE MUSICなどのサービスが始まっています。
以下のデータは,サブスクリプションサービスにおける課金ユーザーの数ですが,2012年には2000万人だったのが,2015年には6800万人となり,3年間で3倍以上の成長を遂げています。
また,課金ユーザーの数の増加にあわせて,ストリーミングサービスによる収入も増加の一途をたどっています。
このように,ストリーミングサービスは爆発的に成長を遂げており,音楽業界にとってレコードに替わる新たな収入源となっています。2015年には,サブスクリプションサービスの収入は20億ドルに達しています。
このように,サブスクリプションサービスをはじめとしたストリーミングサービスが市場を拡大する中,圧倒的なユーザー数を誇るのがYouTubeをはじめとした,広告モデルのサービスです。
以下の表からわかるように,サブスクリプションサービスは,6800万人のユーザーから年間20億ドルもの収入を得て音楽業界に貢献しているにもかかわらず,9億人ものユーザーがいる広告モデルのサービスからは,わずか年間6億3400万ドルしか収入を得ることができていません。
一例としてあげられているのが,サブスクリプションサービスの代表格であるSpotifyと,同じく広告モデルサービスの代表格であるYouTubeです。
Spotifyは1ユーザーあたり18ドルの音楽の利用の対価を支払っているのにもかかわらず,YouTubeは1ユーザーあたり1ドル以下の対価しか支払っていません。
音楽業界は,このような広告モデルサービスが,サブスクリプションサービスに比べて支払う音楽の対価の額が少ないのは,DMCAのセーフハーバー条項にあると考えています。すなわち,セーフハーバー条項があることによって,権利侵害であるとの通知がYouTubeに出されない限り,YouTubeは違法にアップロードされたコンテンツを利用して広告料収入を得続けることができます。
YouTubeには,違法なコンテンツを自動検出するContent IDというシステムがあり,これにより,著作権侵害コンテンツが削除,収益化など適切に処理されるとされています。YouTube側は,Content IDにより楽曲の99%以上が検出され,適切に処理されていると主張していますが,IFPIは,正しく楽曲を認識しない場合が20~40%はあると主張しており,両者の主張は対立しています。
4.YouTubeの反論
MetallicaやMuseのマネージャーをして「やつらは悪魔(They're the Devil.)」と呼ばせるYouTubeですが,音楽業界に対する反論も行っています。
記事によれば,YouTubeの反論は,
- YouTubeは今までのところ音楽業界に30億ドルを支払ってきた。
- 音楽への消費の26%を占め,年間広告収入が約350億ドルのラジオは,米国の著作権法ではソングライターには著作権料を支払っているものの,レコード・レーベルやアーティストには支払っていない。それに比べて,YouTubeのようなデジタル・サービスはそれぞれに対して著作権料を支払っている。
- サブスクリプションサービスの有料会員となっている20%の音楽ファンだけでなく,本来は音楽にお金を出さない,80%の「にわかファン」からも収入を得ることができるのはYouTubeのおかげである。
といったものです。
反論の1点目は,YouTubeなどの広告サービスからの支払いが「相対的に低い」ことを問題にしているのですから,あまり反論にはならないでしょう。
2点目も,納得しそうになりますが,ラジオのような非オンデマンド型サービスと,聴きたいときに好きな音楽が聴けるYouTubeのようなオンデマンド型サービスを同列に比較することはできないと思います。
3点目は,何か違法ダウンローダーの言い分のようですが,YouTubeのような場所がなくなったときに,本当に「にわかファン」は音楽にお金を出さないのかについてはいささか懐疑的です。
以上のように,音楽業界全体を巻き込んだDMCA改正運動の背景には,YouTubeなどのIT業界によって奪われてしまった,音楽による利益を再び音楽業界に取り戻そうという動きがあります。
Spotifyとの比較からも明らかなように,世界最大の音楽利用者であるYouTubeの支払額はあまりにも低額に映ります。また,Content IDに象徴されるとおり,YouTubeというサービスがあまりに巨大化してしまい,YouTubeが適正な情報を提供しているのか,誰も監視することができなくなっているという現状もあるでしょう。
音楽業界とYouTubeの対立は根深いものがありますが,今後どのような交渉が行われるのか注目されます。個人的には,アーティストに適正に対価が還元されるような解決となることを期待しています。