年をまたいでしまいましたが前回の続きになります。 前編では、JASRACの放送における包括契約がなぜ問題であったのか、そして、その歴史的な背景を解説しましたが、後編では、JASRACに立入検査が入ってから本件が終結するまで、主に法的な紛争について説明します。
なお、後編を作成するにあたって、前編にも少し修正を加えています。
- 2008年4月23日 公取委、JASRAC立入り検査
- 2009年2月27日 公取委からJASRACに対して排除措置命令
- 2009年4月28日 JASRACから審判請求
- 2009年5月25日 公取委、審判開始決定
- 2012年2月2日 JASRACに対する審決案の送達
- 2012年6月12日 審決案確定、公取委排除措置命令を取り消す審決
3 立入検査~審判手続
(1)立入検査(2008年4月23日)
2008年4月23日、公正取引委員会がJASRACに対して立入検査に入りました。
立入検査とは、独禁法47条1項4号に基づくもので、「事件関係人の営業所その他必要な場所に立ち入り、業務及び財産の状況、帳簿書類その他の物件を検査すること。」ができると定められています。このような立入検査は、あくまで独占禁止法違反の有無を明らかにするために行われるものであり、まだ当時は独占禁止法違反の「疑い」があるという段階でした。
JASRACはこの立入検査に対して、
4月23日(水)、公正取引委員会がJASRACに立入検査を行い、JASRACはこの検査に全面的に協力いたしました。
今後の対応につきましては、検査の結果を踏まえて適切に対応してまいりたいと考えています。
とコメントを出しています。
(2)排除措置命令(2009年2月27日)
2009年2月27日、公正取引委員会はJASRACに対して、独占禁止法3条(私的独占の禁止)違反を理由として、排除措置命令を行いました。
排除措置命令は、以下URLで確認できます。
http://www.jftc.go.jp/dk/ichiran/dkhaijo20.files/090227.pdf
JASRACも、 排除措置が出された当日にプレスリリースを出し、排除措置命令に不服があること、審判請求をする予定であることを述べています。
2009年2月27日「公正取引委員会に対する審判請求について」
排除措置命令においては、違反行為の概要として以下の点が挙げられています。
- JASRACは、放送事業者から包括徴収の方法により徴収する放送等使用料の算定において、放送等利用割合が当該放送等使用料に反映されないような方法を採用している。これにより、当該放送事業者が他の管理事業者にも放送等使用料を支払う場合には、当該放送事業者が負担する放送等使用料の総額がその分だけ増加することとなる*1。
- これにより、JASRAC以外の管理事業者は、自らの放送等利用に係る管理楽曲が放送事業者の放送番組においてほとんど利用されず、また、放送等利用に係る管理楽曲として放送等利用が見込まれる音楽著作物をほとんど確保することができないことから、放送等利用に係る管理事業を営むことが困難となっている。
- 前記1の行為によって、JASRACは、他の管理事業者の事業活動を排除することにより、公共の利益に反して、我が国における放送事業者に対する放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における競争を実質的に制限している。
なお、この点がよく勘違いされるのですが、排除措置命令が問題としているのは、包括徴収という徴収方法自体ではありません。あくまで「放送等利用割合が当該放送等使用料に反映されないような方法」による包括徴収が問題視されたに過ぎません。
この点、海外の管理団体でも包括契約が採用されており、何ら問題なく運用されているであるとか、包括契約はユーザーの利便性が高く、包括契約ができないとユーザーの利便性が損なわれるという反論*2がされることもありましたが、そもそも包括契約自体を問題にしているわけではありませんので、まったく的外れな反論ということになります。
すなわち、包括契約であったとしても、「放送等利用割合が当該放送等使用料に反映されるような方法」であれば、それは問題視されなかったわけです。
実際、排除措置命令は、アドオン構造を生むような行為を取りやめるように命じているに過ぎず、具体的にJASRACが取るべき方法については何も明示していません。
つまり、何らかの方法で放送等利用割合をJASRACが徴収する放送等使用料に反映させればよいのであり、放送等利用割合が正確に算出できないとしても、サンプリングや録音権等の他分野の管理事業者間のシェアを参考にするなどの方法により、放送等利用割合を算出し、その割合を包括使用料に乗じるなどの方法が考えられるところです。
しかし、後述するとおり、JASRACは審判や裁判において、放送については全曲報告ができず、正確な利用割合が算出できないため、利用割合を反映することができないという趣旨の主張をしていました*3。
(3)審判手続(2009年4月28日)
当時の独禁法において、公正取引委員会から排除措置命令を受けた者は、その取消しを求めて公取委の審判を請求することができると定められていました(当時の独禁法49条6項)。
JASRACはこの規定に従い、排除措置命令を不服として公正取引委員会に対して審判請求を行いました。独占禁止法上の審判制度は既に廃止されてしまいましたが、いわゆる行政不服審査として、処分を行った行政庁自らがその当否について判断するという制度です。排除措置命令の取消しを行うにあたっては、いきなり命令の取消訴訟を提起することはできず、まずは行政庁の審決を経なければならないとされていました(当時の独禁法77条3項)。
2009年4月28日「公正取引委員会に対する審判請求の申立について」
また、審判請求を行うだけでは、排除措置命令は停止されないため、JASRACは並行して執行停止の申立てを行い、2009年7月9日には1億円の保証金を供託することで執行が停止されるとの決定が東京高裁において出されました。これにより、JASRACは審判手続、それに続く取消訴訟などが係属している間は、排除措置命令に従う必要がないこととなりました*4
この審判手続は3年あまりの審理を経て、排除措置命令を取り消すという内容の審決案が、2012年2月2日に当事者であるJASRACに送付される結果となりました。
2012年2月2日「公正取引委員会からの審決案の送達について」
審判においては、裁判における判決のように審決が出されることになりますが、審決案の制度が審判規則で設けられており、審決が出される前に、審決案を各当事者の送付し、異議申立ての機会を与えることとされていました。
また、審決をする主体は公正取引委員会となりますが、公正取引委員会は審決案が送達された日から2週間経過した後に、審決案が適当と認められれば審決案と同じ内容の審決をすることができるとされています。
ほとんどの場合は、「審決案=審決」となりますので、審決案が出された時点で、JASRACの主張を認める審決が出たことは確定的であったと言えます。
しかし、排除措置命令を取り消す旨の審決案と同様の内容の審決が出されたのは、2012年6月12日という、審決案の送達から4か月以上も経過した後のことでした。
平成21年(判)第17号 平成24年6月12日付審決書
http://snk.jftc.go.jp/JDS/data/pdf/H240612H21J01000017A/120612-21_17.pdf
さらに、審決を見ればわかりますが、5名の公正取引委員会の委員のうち、4名の公正取引委員会の委員の名前しか記載されていません。名前のない委員は商法学者の浜田道代委員ですが、この点について、
真偽は定かではないが、報道によれば、名を連ねていない委員は、審決案に反対し、少数意見を書こうとした、ともいわれる。
(白石忠志・Law & Technology 57号 34頁 2012年10月)
との言及もあります。
いずれにせよ、排除措置命令を取り消すという内容のみならず、審決案から審決までに至る手続的な過程においても、異例な審決であったと言えます。
審決の内容に関しては、多数の評釈が出ていますので、簡単に触れておくと、審決はJASRACの行為には排除効果が認められないことを理由として取消審決を行い、その他の争点については判断しませんでした。
審決が排除効果を否定したロジックは、「審査官は、イーライセンスが平成18年10月に放送等利用に係る管理事業を開始するに際し,被審人の本件行為が実際にイーライセンスの管理事業を困難にし,イーライセンスの参入を具体的に排除した等として,それを根拠に本件行為に排除効果があったと主張するので,以下,その主張の成否を検討する。」としたうえで,「審査官の主張について,これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。」と結論付けるというものです。
審決は、JASRACの行為について、新規参入の消極的要員となることを認めつつも、審査官が主張した具体的な排除行為が認定できないことを理由として、いわば弁論主義的な観点から排除効果を否定したものと解釈できます。
つまり、これまでは排除効果の成立にあたり、「実際に」他の事業者の事業活動を困難にし、他の事業者の参入を「具体的」に排除することまでは求められてはいなかったものの、審査官が「具体的に排除された」と主張したため、「具体的に排除された」かどうかを審理し、「具体的に排除された」とまでは認められなかったため、排除効果が否定されることになったものと思われます。つまり、大塚愛さんの「恋愛写真」は、遜色のない形で放送事業者による放送番組において利用されていたと判断されたことが、結論に対して大きな影響を及ぼしたものと考えられます。
審判においても、大塚愛さんの楽曲を含め、イーライセンス楽曲は遜色なく放送番組において利用されていたとJASRACは主張しており、一つの争点を形成してしまっていました。
この図表を見ると、確かに遜色なく利用されているように見えますが、前編で記載したとおり、管理開始の10月1日から12月末日までのエイベックス楽曲の利用が10月2週*5に無償化されているため、JASRACの整理のように、週ごとのまとめでは、無償化を受けて利用されたものか否かが判断できず、これだけでは必ずしも「遜色なく利用されていた」かどうかは明らかではありません。
しかし何より重要なことは、本来実際に大塚愛さんの楽曲の利用が差し控えられたかどうかは排除行為を認めるにあたっては問題ではないという点です。これはJASRACの訴訟戦術が上手だったと考えるべきかもしれませんが、審判官がJASRACが勝てる土俵に引きずり込まれてしまったという印象です。
この後、審決取消訴訟、上告審とさらに本件は続いていくわけですが、この時適切な主張立証がなされていれば、本件はもっと早期に根本的な解決を見ていたのではないでしょうか。
何だかんだで長くなってしまいましたが、最後は審決取消訴訟について説明します。
*1:前編で解説した、いわゆる「アドオン構造」のことです。
*2:ユーザーの利便性については、単に「包括許諾」か「個別許諾」かの問題であり、「包括徴収」の問題ではありません。
*3:しかし、権利者への分配はサンプリングで行っているのに、利用割合を算出する場合に限って全曲報告による正確なデータがなければ利用割合を反映できないとする点は、いささか疑問を感じるところです。
*4:執行停止を求めることはJASRACの権利ではありますが、これにより、JASRACとしては事案が長引けば長引くほど現状維持のメリットを享受できることになり、本件の長期化の一因となったのではないかと思います。
*5:具体的に無償化がいつ放送局に伝わったかについては、後の審決取消訴訟において争われています。