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音楽著作権弁護士のブログ(仮)

ウェブ上にあまり出てこない音楽著作権情報をお届けします。

JASRAC独占禁止法違反事件(前編)

音楽ビジネス

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2016年9月9日、JASRACが公正取引委員会への審判請求を取り下げたという報道がありました。

www.nikkei.com

また、JASRACから取り下げについてのプレスリリースも出されています。

プレスリリース - 日本音楽著作権協会(JASRAC)

 

名実ともに、一つの事件が終わったという感じですが、この事件の歴史をここに整理しておきたいと思います。

 

1 何が問題だったのか

(1)そもそも「包括契約」とは

著作権等管理事業者の使用料規程の中には、特に音楽著作権の分野を中心に、著作権使用料を事業収入や利用場所の面積や座席数等によって一定の月額料金や年額料金を支払う形の、いわゆる「包括契約」の形をとっているケースが多くみられます。

例えば、JASRACの使用料規程においては、いわゆるライブにおける演奏の使用料について、以下のように定めています。

2 演奏会における演奏

演奏会(コンサート、音楽発表会等音楽の提供を主たる目的とする催物をいう。)に おける演奏の使用料は、次により算出した金額に、消費税相当額を加算した額とする。

(1) 公演1回ごとの使用料は、次のとおりとする。

① 入場料がある場合の使用料は、総入場料算定基準額の5%の額とする。ただし、定員数に5円を乗じて得た額あるいは2,500 円を下回る場合には、そのいずれか多い額を使用料とする。

② 入場料がない場合で、かつ公演時間が2時間までの場合の使用料は、定員数に4円を乗じて得た額あるいは 2,000 円のいずれか多い額とする。 公演時間が2時間を超える場合の使用料は、30分までを超えるごとに、公演時間 が2時間までの場合の金額に、その25%の額を加算した額とする。

         (JASRAC使用料規程 平成28年3月3日届出)

以上のとおり、公演1回ごとの使用料は、入場料ベースで算定されますので、何曲使われたとしても金額は一定です。演奏すればするほど、1曲あたりの使用料は下がるという計算になります。

このように、対価の算定方法が包括的であるものを「包括徴収」といいます。

一方、1曲いくらと定められるのが「個別徴収」です。例えば、前述の演奏会における演奏のうち、入場料がない場合の個別使用料は、定員100名以下の会場については、1曲1回250円と定められています。

これとは別に、事前に使用楽曲を提出し、曲ごとに使用許諾を得る「個別許諾」と、あらかじめ管理事業者が管理する全ての楽曲の利用を包括的に許諾する「包括許諾」という概念があります。

これらの2つの概念は、組み合わせが可能で、一般的な包括契約は「包括許諾+包括徴収」ですが、「包括許諾+個別徴収」というやり方もあり得るわけです。つまり、個別許諾の場合は、申告漏れがあると違法利用になってしまいますが、包括許諾の場合は、それがないため、安心して利用できます。それとは別途、対価の定め方としては、1曲毎に精算しようが、包括的に精算をしようがどちらでもいいということになります。

この事件を正確に理解するためには、単に「包括契約」といっても、2つの概念が含まれていることに留意する必要があります。

このような包括契約は、JASRAC以外のイーライセンス、JRCといった日本の他の管理事業者のみならず、世界中において一般的に採用されていました。包括許諾の点から言えば、前述の通り、1曲ごとに許諾申請をして個別に精算を行うのは実務上非常に煩雑であることがその大きな理由です。また、包括徴収の点から言えば、音楽を大量に使う場面では、1曲いくらの個別徴収より包括徴収のほうが結果的には割安になることが多かったためです。

さて、このように、利用者にもメリットがある包括契約がなぜ問題になったのでしょうか。 

(2)イーライセンスの放送分野参入と「恋愛写真」

2006年10月にイーライセンスが放送分野に参入することになりました。イーライセンスやJRCといった新規参入事業者は、それまで管理が比較的容易な録音分野、インタラクティブ配信分野に参入していましたが、放送分野は音楽著作権管理事業の中で非常に大きなパイを占める分野ですので、その意味でも参入の必要性は高かったのだろうと考えられます。

以下は2015年度のJASRACの使用料収入の内訳ですが、放送分野の徴収額が全体の30%程度を占めていることがわかります。

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(引用:プレスリリース - 日本音楽著作権協会(JASRAC)

 

イーライセンスは放送分野の参入にあたり、大手音楽出版社を持つエイベックスグループの協力を得て、当時ヒットが見込まれた人気アーティストの楽曲について、放送分野の管理を開始しました。その一つが、大塚愛さんの「恋愛写真」でした。 

恋愛写真

恋愛写真

  • 大塚 愛
  • J-Pop
  • ¥150
  • provided courtesy of iTunes

 当時、エイベックスは、JASRAC がダブル・タイアップやトリプル・タイアップといった、複数のタイアップによる使用料の免除を認めておらず、プロモーションの観点から不便を感じていたことや、放送使用料の分配がサンプリング報告に基づくために、分配方法が不明朗であることに不満を感じていたため、イーライセンスに権利委託することを決定したとされています*1

 

大塚愛さんの「恋愛写真」は、10月25日にリリースが予定されていたので、ちょうどイーライセンスが管理を開始する10月初旬頃から、エイベックスのプロモーターが放送局を回り、CDをかけてもらうように働きかけを始めていました。しかし、プロモーターからイーライセンスとエイベックスに対して、放送局の中にはイーライセンス楽曲を使用しないように決定しているところがあるとの報告がされることになりました。

 

なぜ「恋愛写真」が放送でかからなかったのか。

JASRACは、後の審判手続や裁判手続において、実際には他の同種の楽曲と遜色なく放送で利用されていたとデータとともに主張していました。

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(引用元:http://www.jasrac.or.jp/release/09/10_1.html

 

実際に「恋愛写真」が放送で使われたか使われなかったかはさておき、JASRACと放送局は包括契約を締結している以上、一定額を支払えば音楽は使い放題である一方で、イーライセンスとは個別契約を締結していたため、1曲使えば1回分の使用料がJASRACの使用料に追加して必要になることになります。つまり、イーライセンス楽曲を使えば、必ず使用料の総額は従来JASRACだけに支払っていた金額にアドオンされることになります。このようなアドオン構造により、放送局はイーライセンス楽曲の使用を差し控えようとすることは(実際に差し控えるかはさておき)経済原理から明らかといえます。

ヒットが見込まれる「恋愛写真」が放送において使用されないという事態を受けて、イーライセンスとエイベックスは、管理開始の10月1日から12月末日までのエイベックス楽曲の放送使用料を無料とすることを決定し、放送局に通知しました。このような決定は、放送で使われることによる音楽著作権使用料収入よりも、プロモーションが阻害されてCDの販売枚数が伸び悩むことを懸念した上での苦渋の決断であったと思われます。

結局、事態改善の見込みが立たないとして、エイベックスは12月末日をもって、イーライセンスへの楽曲の管理委託を解約し、翌年からはJASRACに権利を信託することとなりました。これにより、イーライセンスの放送分野への参入は実質的には失敗に終わりました。

このように、大塚愛さんの「恋愛写真」という、放送でかなりの回数が放送されることが見込まれる楽曲すらも放送されないという事態を受けて*2、独占禁止法上の問題が改めて浮き彫りになったものと言えます。

 

2 公正取引委員会が排除措置命令を出すまでの「歴史」

(参考年表)

  • 1899年 著作権法制定,ベルヌ条約加盟
  • 1932年 プラーゲ旋風
  • 1939年 大日本音楽著作権協会設立(JASRAC前身)、仲介業務法施行
  • 1948年 日本音楽著作権協会に改名
  • 1998年 仲介業務法の見直しについての検討開始
  • 1999年 メディア・アーティスト協会(MAA)設立
  • 2000年 イーライセンス、ジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)設立
  • 2001年 著作権等管理事業法施行、法的な独占管理時代の終焉
  • 2006年10月 イーライセンス、放送分野参入

 

以上のような話を経て、公取の立入検査、排除措置命令へと続くのですが、ここで、管理事業法成立に至るまでの歴史を簡単に整理してみましょう。

話は20世紀、ドイツがポーランドに侵攻し第二次世界大戦が勃発した年である1939年に、JASRACの前身である大日本音楽著作権協会が設立されました。当時のJASRACは、プラーゲ旋風に対抗するために国が定めた仲介業務法に基づいて設立され、国の主導の下、独占的に音楽著作権の管理業務を行っていました。これがJASRACによる音楽著作権の独占管理の時代の始まりで、2000年に著作権等管理事業法ができるまでの実に60年にわたり、日本の音楽著作権管理を行う唯一の団体として存在してきました。

しかし、20世紀も終わりに近づくと、マルチメディアコンテンツやインターネットが普及するにつれ、JASRACは迅速に使用料規程などを整備できず、デジタルにおける音楽利用について権利者、利用者のいずれからも不満が高まっていました。

当時、音楽配信やマルチメディア商品による音楽の展開に積極的だった先進的なアーティストもいましたが、JASRACは使用料規程が定まっていないことを理由として、なかなかそういった利用が認められないという状況にありました。

そんな中で、坂本龍一さんらが中心となり、メディア・アーティスト協会(MAA)*3が設立されデジタルメディアにおける著作権について、提言を行うなどの動きが始まっていました。

アーティストが立ち上がる!「メディア・アーティスト協会」発足

 

そのような時代を背景として、著作権等管理事業を自由化する「著作権等管理事業法」が成立し、2001年より施行されました*4。これにより、60年の長きにわたり続いた音楽著作権の独占管理の時代が終わることになりました。

なお、JASRACによる独占状態が長きにわたり続いていたことに鑑み、著作権等管理事業法が成立するにあたっての衆参両議院の附帯決議において、独占禁止法上の問題があることの懸念が既に示されていました。

3 著作権等管理事業者間の自由かつ公正な競争の確保、著作権等管理事業者の利用者に対する優越的地位の濫用の防止及び著作物等の利用の円滑化を図るため、公正取引委員会をはじめ関係省庁が協力して適切な措置を講ずるよう指導を行うこと。

文教委員会【第150回国会】

 

また、著作権等管理事業法施行後まもなく、著作物の1分野に管理事業者が複数存在するようになったため、既存の管理事業者の包括契約が、新規参入管理事業者の競争を阻害する要素になるとの問題が指摘されるようになっていました。

施行から2年後の2003年に公正取引委員会が発表した、「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会報告書」においても、

複数の著作権管理事業者が存在し、活発な競争が行われていくことが利用者にとってもメリットが大きいものであることを踏まえ、複数の著作権等管理事業者の存在を前提とした取引ルールが形成されることが望ましい。

として、管理事業者間の競争に関する懸念が示されていました。

このような背景があったうえで管理事業法が成立したわけですから、JASRACの独占禁止法上の問題は、起こるべくして起こったということができるでしょう。

次回は、公取による立入検査から事件の終結までを整理します。

 

*1:この辺りの経緯については、安藤和宏「JASRAC の放送包括ライセンスをめぐる独禁法上の問題点」に非常に丁寧に記載されています。

*2:実際に放送されたかされなかったかはさておき、少なくともエイベックスのプロモーターは「恋愛写真」が本来放送される程度には放送されていないと判断したものと思われます。

*3:MAAの発起人には、「Dの食卓」で著名な飯野賢治さんや、近年初音ミクとコラボした冨田勲さん、アーティストの佐野元春さんなどが名を連ねています。

*4:著作権等管理事業法成立の背景などについては、著作権法令研究会「逐条解説 著作権等管理事業法」(有斐閣、2001)、清野正哉「解説・著作権等管理事業法―平成13年10月施行で著作権ビジネスが変わる」(中央経済社、2001)を参照。