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芸能人の労働者性 ~小倉優子は本当にOLなのか

f:id:gktojo:20170806233020j:plain先日、公正取引委員会が、芸能人やスポーツ選手の移籍制限を内容とする契約について、検討会を開いたということがニュースとなっています。

www.nikkei.com

公正取引委員会は、3月にもこの点をテーマとしたBBLミーティングを行っており、「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」と題して、フリーライターの星野陽平氏が講演を行っています。

星野陽平氏は、「芸能人はなぜ干されるのか」というタイトルの書籍を執筆しており、氏は法律の専門家ではないながらも、過去の事件が丁寧に整理されており、この分野では非常に参考になる書籍です。

また、3月のクローズアップ現代(NHK)においても、芸能人の契約解除について特集が組まれており、芸能人が事務所を辞める際、移籍する際のトラブルに光が当てられています。

www.nhk.or.jp

 

というわけで、今回は芸能人の労働者性について整理してみます。

 

そもそも、芸能人の労働者性がなぜ問題になるかというと、「労働者」であることが、各種の労働基準法をはじめとする各種の労働法規が適用される分水嶺になるためです。中でも、労働基準法附則137条は強力な規定で、労働契約を結んでから1年間経過した場合は、いつでも申し出により退職できると定められています。これが芸能人にも適用されるとすると、事務所を辞めたい、移籍したい芸能人にとっては非常に強力なツールになるわけです。 

第137条

期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第14条第1項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成15年法律第104号)附則第3条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第628条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。

 

労働基準法における労働者は、

第9条(定義)

この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

と定義されています。

労働者性は、契約の形式によって定まるのではなく、労働関係の実態から判断されます。すなわち、事業に「使用され」、かつ、「賃金」が支払われていれば、「労働者」と判断されることになります。

 

「労働者」とそれにあたらない「個人事業主」をどのように区別するかは典型的な論点ですが、まず「使用され」と判断される要素として、以下の点が挙げられます。

  • 仕事依頼に対する諾否の自由がない
  • 業務の内容や遂行の仕方について指揮命令を受ける
  • 勤務の場所や時間が起立されている
  • 業務遂行を他人に代替させ得ない

 

次に、報酬が「賃金」と言えるかどうかについては、

  • 額、計算方法、支払形態において、従業員の賃金と同質か、零細事業者への契約代金か
  • 給与所得としての源泉徴収の有無
  • 雇用保険、厚生年金、健康保険の保険料徴収の有無

などによって判断されます(労働基準法研究会報告「労働基準法の「労働者」の判断基準について」)。

  

さて、これらの要素から判断して、「芸能人=労働者」と言えるのでしょうか。

実際の事件でも、労働法規の適用の有無を巡って、芸能人の労働者性が争われたケースはいくつかありますのでご紹介します。

 

裁判例(1) 東京地判平成19年3月27日

この事件は、所属タレントだったセイン・カミュさんを事務所が訴えた事件ですが、逆にセイン・カミュさんが事務所による活動の妨害などを理由に損害賠償を求めて反訴を行い、勝訴した案件です。

 

この事件では、労働法14条1項の適用の有無が争点になり、その前提として「労働者性」が問題となりました。

 

労働法14条1項は、以下のような条項です。 

第14条(契約期間等)

1 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締結してはならない。

現行法では3年を超える期間、となっていますが、当時は、1年を超える期間の労働契約の締結が禁止されており、この条項が適用されることで、契約上期間が定められていたとしても、1年とすることが可能となります。セインさん側としては、この条項に基づいて、専属契約が終了していることの確認を求めました。

その結果、以下のような判断がされました。 

(1)基本的事実関係記載のとおり,本件契約の規定上,被告Y1は,原告の指示に従い,一切の芸能に関する出演業務をなし,原告の承認を得ずにこのような活動をすることはできないものとされ,また,この活動に対する報酬として,原告が被告Y1に対して専属料の名目で1か月100万円の金員を支払うものとされている。それに加えて,被告Y1のなした一切の出演に関する権利は全て原告が保有するものとされている。なお,本件契約以前(平成9年,11年,12年)に締結された専属契約も,契約期間,報酬額は異なるが,上記基本的内容は同旨である(乙39ないし41)。

 また,被告Y1本人尋問の結果によれば,実情としても,被告Y1が独自に仕事を受けることは認められず,原告の指定した仕事を断ろうとしても通らず,稼働の日程,時間帯は原告の決定するところであったというのである。

(2)そうすると,被告Y1には原告からの仕事依頼に対して諾否の自由がなく,業務の内容や遂行の仕方について一方的な指揮命令関係にあり,その労働に対する対価として,原告から定額の賃金を受け取っていたものと評価することができるから,被告Y1はその実態において原告の事業に使用されている労働基準法上の「労働者」にほかならず,本件契約は,実質において雇用契約と認められる。

 このように、前述した各種の要素から総合的に判断して、専属契約におけるセインさんの地位は「労働者」に該当する、と判断されています。

 

裁判例(2)東京地判平成28年3月31日

この事件は、事務所側が専属契約が存続していることの確認を求めてアーティストを訴えたという事件です。アーティストはこれに対して、前述した労働基準法附則137条に基づく退職の申し出によって、既に契約は終了していると主張していました。

本件では、

  1. アーティストは、本件契約期間中、事務所の専属芸術家として、事務所のためにのみ出演業務等を行うこととされており、事務所の承諾なくして他に芸能活動を行うことができないこと
  2. アーティストは、アーティストの歌唱、演奏等の録音・録画、放送等の一切の利用を事務所に対してのみ許諾し、芸名に関する権利は全て事務所に帰属すること
  3. アーティストは、事務所または第三者の企画への出演業務、楽曲の制作、録音録画物などの制作のために事務所の指示に従って活動すること
  4. 事務所は、アーティストの出演業務等の遂行から生じる著作権法上の全ての権利等を独占的に取得するとともに、アーティストの出演業務等に対する対価を全て取得し、アーティストは、事務所から活動ごとに一定割合の支払を受けるにすぎないこと
  5. アーティストの実際の活動も、被告の方針に基づき、事務所を通して出演等業務の依頼を受け、事務所はこれを断ることなく歌唱、演奏の労務を提供し、各歌唱、演奏活動にあたっては、演目や衣装等の内容面にもわたってマネージャーの指示を受けた上、開始時間や終了時間を報告し、アーティストが受領した売上は全て事務所に送金していたこと

などの事情から、以下のように判示し、労働基準法附則137条の適用を認めました。

そうすると、被告は原告を通じてのみ芸能活動をすることができ、その活動は原告の指示命令の下に行うものであって、芸能活動に基づく権利や対価は全て原告に帰属する旨の本件契約の内容や、実際に被告が原告の指示命令の下において、時間的にも一定の拘束を受けながら、歌唱、演奏の労務を提供していたことに照らせば、本件契約は、被告が原告に対して音楽活動という労務を供給し、原告から対価を得たものであり、労働契約に当たるというべきである。

ここで挙げた考慮要素は、一般的なほとんどの専属マネジメント契約に必須と言ってもよい要素ですので、これがそのまま適用されると、「芸能人=労働者」と言えてしまうことになり、なかなか強烈な内容となっています。

 

裁判例(3)東京地判平成28年7月7日

この事件も、事務所がタレントを訴えた事件で、タレント側の退職の意思表示の有効性が争点になりました。この事件では、

  1. 被告が、芸名を名乗って、もっぱら学校が休みの土日祝日に、事務所の企画するアイドルグループのイベント等に出演し、他のメンバーと共に集団で歌唱やダンスを披露するライブ活動を行ったり、ファンとの交流として、コスプレやチェキ撮影などの活動に従事していたこと。なお、グループのメンバーの中には、イベント出演よりファンとの交流活動等の方が多いとの不満をもつ者もあったこと
  2. 被告は、アイドルグループのメンバーとしての活動に関し、出演先のイベント、集合する時間・場所その他、タレントとしてのスケジュールなどについて、事務所のメール等による指示に基づいてその業務に従事していたこと
  3. 事務所での活動に基づく被告らグループのメンバーの収入については、歩合給を前提とする給与体系がとられており、イベント等における当該メンバーに係る売上げの30%が給与として加算され、その他関連するグッズ等の売上げについても一定の割合で算定され加算され、1か月ごとに給与明細書に算定された給与額が記載され、その際、源泉徴収も行われていたこと

などの理由から、被告は「労働者」であると以下の通り認定し、契約の解除を認めました。

被告Y1は、原告の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ、業務内容について諾否の自由のないまま、定められた労務を提供しており、また、その労務に対する対償として給与の支払を受けているものと認めるのが相当である。したがって、本件契約に基づく被告Y1の原告に対する地位は、労働基準法及び労働契約法上の労働者であるというべきである。

 

こういった裁判例から見ると、もはや「芸能人=労働者」と言ってよいのではないかとも思いますが、著名な事件である「小倉優子事件」においてはどのように判断されているでしょうか。

 

裁判例(4)東京地判平成28年9月2日

この事件は、小倉優子さんの所属事務所だったアバンギャルドが、アヴィラに対して小倉さんとの専属契約上の地位を譲渡したところ、小倉さんが専属契約の解除を通知し、アヴィラの指示に従わず番組出演などを行わなかったため、アヴィラが小倉さんに対して損害賠償を求めて提訴した事件です。

 

この判決は、当時「ゆうこりん=OL」というセンセーショナルな見出しとともに報道され、話題になりました。

www.zakzak.co.jp

最近の記事でも、この事件について、

「その判決文には《本件契約でのタレントの地位は、労働者であるため、契約に縛られず自由に辞めることができる》といった内容が書かれていて、つまり小倉さんのケースでは、タレントは会社員と同様の労働者で、会社を辞めるのも移籍も自由という判決だったようです。」

などと解説されています。

news.ameba.jp

 

しかし、判決内容を検討すると、そのような報道や解説は間違っていることがわかります。

 この裁判例の争点は、簡単に言えば、

 ①アバンギャルドと小倉さんの専属契約が、アヴィラに引き継がれているか

 ②引き継がれているとして、小倉さんの専属契約の解除が有効か

の2点でした。

 

そして、②の争点の前提として、アバンギャルドと小倉さんの専属契約の法的性質が問題となりました。以下はその争点について判示した部分です。 

これを承継した原告と被告の間の契約についても、被告は、原告の指定したテレビ番組等への出演や広告宣伝活動を行わなければならず、かつ、他社を通じての芸能活動は禁じられ、また、被告の出演によって制作されたものについての著作権等はすべて原告に帰属することになっている。

このような被告のタレントとしての芸能活動の一切を原告に専属させる内容のタレント所属契約は、雇用、準委任又は請負などと類似する側面を有するものの、そのいずれとも異なる非典型契約の一種というべきである。

 

判決では、このように、小倉さんの専属契約が雇用契約であるとは判断せず、さまざまな側面を有する契約であると判断しています。

これを受けてさらに、

被告は、原告と被告の間の契約が、アバンギャルド被告間契約を承継したものである場合、これが雇用契約であることを前提として、労働基準法附則137条に基づき、いつでも解除することができる旨主張する。しかし、上記2(3)のとおり、原告と被告の間の契約は、雇用契約そのものではないから、期間の定めのある労働契約に関する同条をそのまま適用することはできないというべきである。

として、労働基準法附則137条の適用が否定されています。すなわち、小倉優子事件においては、むしろ「ゆうこりん≠OL」と判断されたものということができます。

 

なお、本件では労働基準法附則137条による契約の解除は認められなかったものの、アヴィラの代表者がタレントの移籍等を仮装することによる巨額の脱税事件(法人税法違反容疑)で逮捕され、有罪判決を受けたことにより、契約当事者における信頼関係が破壊されたことを理由に、契約の解除を認め、小倉さんに損害賠償義務はないとの判決となっています。

 

まとめ

以上の裁判例からは、芸能人の労働者性は、当然ですが「芸能人=労働者」といった一般化はできず、原則通り具体的な契約内容と活動実態をもとに判断するほかないと考えられます。

裁判例(2)については、これが認められると、それこそ全てのケースにおいて「芸能人=労働者」となってしまい、実態にそぐわないものと考えられます。芸能人と一口に言っても、デビューしたばかりのアイドルから長年第一線で活躍する大物ミュージシャンまで一括りにすることはできず、仮に当該裁判例で指摘されたような条項なりがマネジメント契約に含まれており、実態もそのようなものだったとしても、前掲「労働基準法の「労働者」の判断基準について」に従えば労働者には該当しないケースも多数あるものと考えられます。

ただ、デビューしたての芸能人、育成中の芸能人については、今回挙げた裁判例からは労働者に該当する可能性も十分あるものと考えられます。したがって、芸能事務所としては、所属アーティストが事務所を辞めたい、移籍したいという希望を伝えてきた場合には、こういった裁判の現実を踏まえた対応が必要になります。

また、アーティストの側から言えば、どうしても活動を続けていくことが苦しい状況になってしまったら、契約書があるからどうにもならないと諦めず、弁護士に相談することが重要です。