音楽著作権弁護士のブログ(仮)

音楽著作権、音楽ビジネスを中心業務とする弁護士が、ウェブ上にあまり出てこない音楽著作権情報をお届けします。

SoundExchangeの役割

f:id:gktojo:20180406003657j:plain今回は、米国の著作権管理団体であるSoundExchangeについて説明してみたいと思います。

私も長きにわたり(今でも)、何となくはわかるけど、実際に細かく聞かれると自信がない分野の1つです*1

www.soundexchange.com

 

SoundExchangeは、アメリカの法律によって2003年に成立した非営利組織で、「Pandora Radio」のようなストリーミングによるウェブキャスティングサービスから使用料を徴収し、これをアーティスト等に分配するという業務を行っています。

これまで徴収・分配を開始して以降、5,000万ドルの分配を行っているとのことで、米国の音楽ビジネスにおいてはそれなりに重要な存在です。

SoundExchangeは、ウェブキャスティングサービスのライセンスを管理するための団体として、米国著作権使用料委員会から指定を受けています。日本法でいう指定団体業務*2のようなものでしょうか。

1.SoundExchangeが許諾する権利

SoundExchangeは、アメリカでのウェブキャスティング型のインターネット放送における原盤の利用に関する徴収・分配に特化した団体です。ウェブキャスティング型の音楽サービスの代表的な例は「Pandora Radio」「Live 365」などですが、日本ではあまりこういったウェブキャスティング型の音楽配信サービスは普及していません。

live365.com

ウェブキャスティング型というのは、ユーザーが聞きたい特定のトラックまたはアーティストを選択することはできず、あらかじめプログラムされたトラックの組み合わせが提供され、事前にユーザーに対してプレイリストが公開されることもないという、まさにラジオに近いサービスです。ラジオ放送が放送波ではなくインターネットを通じて提供されるもの、と考えておけばよいでしょう。

このような配信方式の限定に加え、SoundExchangeによる許諾の場合には、

  • 3時間以内に同じアーティストの楽曲を4曲以上送信することはできない(3トラックを超えて連続して送信することはできない)
  • 3時間以内に同じリスナーに対して、同じアルバムから3曲以上送信できない(2曲であっても、連続して送信できない)

といった制限も課されています。

SoundExchangeが特徴的なのは、JASRACやNexToneのような著作権管理事業者のように、自らが管理している楽曲のみを許諾するのではなく、SoundExchangeが取り扱う権利に関しては、登録の有無に関わらず、SoundExchangeが法律上定められたレートで強制的に許諾をするという点です。これを法定使用許諾(statutory licenses)といいます。
強制的に許諾されるという点では、日本の著作権法における報酬請求権に近い考え方と言えるかもしれません。

ただ、権利者と利用者との間での直接交渉が禁止されるわけではなく、SoundExchangeを経由せず、直接許諾を得ることも可能です。


このように、SoundExchangeは非常に限定された利用に関する許諾を取り扱う機関であることから、作詞・作曲についての権利は、ASCAP、BMI、SESACなどの著作権管理団体との間で権利処理する必要がありますし*3、ウェブキャスティング型ではないインターネット配信(ダウンロード型、オンデマンド型)については、権利者と直接交渉が必要になります。

 

【結局SoundExchangeは何の権利を許諾しているのか?】

一部では、SoundExchangeが、原盤権の集中管理団体であるとか、原盤権と出版権を一括して処理できる管理団体であるなどと説明される場合もありますが、必ずしも正確ではありません。

具体的には、米国著作権法114条において、一定の利用が法定使用許諾(statutory licenses)の対象となる旨が規定されています。なお、114条に定める使用のために必要な複製も、112条によって法定使用許諾の対象とされています。

 

SoundExchangeが許諾する権利を日本の支分権に当てはめて考えることはなかなか難しい作業になります*4

米国には従来「隣接権」という考え方が存在せず、いわゆる「実演家の権利」「レコード製作者の権利」として1対1で比較することができないためです。とはいえ、米国でも、実演家やレコード製作者の立場にある者の権利を全く保護していないというわけではなく、著作物の「著作者」としての保護を受けると考えられています。つまり、「実演家」も「レコード製作者」も、「著作者」として保護されることになります。

条文を見るとわかりやすいのですが、著作権の対象となるものが列記されている102条においては、言語著作物、音楽著作物、建築の著作物などに並んで、「録音物(sound recordings)」が記載されています。

以下の106条は、権利の内容を列記したものですが、

第106条 著作権のある著作物に対する排他的権利
第107条ないし第122条を条件として、本編に基づき著作権を保有する者は、以下に掲げる行為を行いまたこれを許諾する排他的権利を有する。

(1)~(3) 省略

(4) 言語、音楽、演劇および舞踊の著作物、無言劇、ならびに映画その他の視聴覚著作物の場合、著作権のある著作物を公に実演すること。
(4) in the case of literary, musical, dramatic, and choreographic works, pantomimes, and motion pictures and other audiovisual works, to perform the copyrighted work publicly;

(5) 省略

(6) 録音物の場合、著作権のある著作物をデジタル音声送信により公に実演すること。
(6) in the case of sound recordings, to perform the copyrighted work publicly by means of a digital audio transmission.

条文をみてわかるとおり、著作権には「公の実演(right to perform publicly)」を行う権利が含まれますが、録音物に関しては、「デジタル音声送信」の方法による公の実演に限定されています。

「公の実演(right to perform publicly)」も、日本の著作権法で言う「実演」とは異なる概念で放送や送信などの概念を含むものとなっています。

著作物を「実演する」とは、直接または何らかの装置もしくはプロセスを使用して、著作物を朗読、表現、演奏、舞踊または上演することをいい、映画その他の視聴覚著作物の場合には、映像を連続して見せること、または映像に伴う音声を聞かせることをいう(101条)。


これらの規定からすると、日本でいう実演家やレコード製作者に相当する立場の者が持つ「公の実演」に関する権利は、日本法で言う放送・有線放送権(92条)および送信可能化権(92条の2、96条の2)と対応すると言えるでしょう。

したがって、SoundExchangeがどの権利を強制許諾しているかを日本法に照らして考えれば、実演家とレコード製作者の送信可能化権、ということになるものと思われます。


2.SoundExchangeによるロイヤルティの徴収

法定ライセンスの料率(statutory rates)および条件を決定は、3名の著作権使用料裁判官(Copyright Royalty Judges)で構成される、法律上設置された著作権使用料委員会(Copyright Royalty Board)によって行われます。一般には、音楽サービス提供者とSoundExchangeが料金および条件を交渉した上で、著作権使用料委員会に合意内容を提示します。この合意が裁判官によって採択された場合、同様の立場にある当事者は、その合意にオプトインすることが可能となります。交渉をしなかった音楽サービス事業者の場合は、著作権使用料を設定するための仲裁を行うことを著作権使用料裁判官に求めることができます。

なお、料率等については、以下のウェブサイトで公開されています。

www.crb.gov


3.SoundExchangeが徴収したロイヤルティの分配

SoundExchangeが徴収したロイヤルティの半分はいわゆるレコード製作者に分配され、残りの50%は実演家に分配されます*5

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これらの分配は、SoundExchangeから許諾を受けている音楽サービス事業者からの再生報告に基づき分配されています。なお、SoundExchangeの手数料は会員以外には明らかではありませんが、5%以下と言われています。

聞いた話では、SoundExchangeに登録のないアーティスト、原盤については、ある程度の期間は分配せずにプールしておくようですが、最終的にはメンバーの中で分配してしまうということのようです。その意味では、早くメンバーになったほうが有利だと言えます。


また、SoundExchangeは、米国以外の20の管理事業者と国際協定を結んでいます。したがって、それらの米国以外の国で原盤が使用された場合でも、ロイヤルティが各国の管理事業者で徴収され、それがSoundExchangeに送金され、最終的にアーティストやレコード製作者に分配されることになっています。また、その逆も然りで、SoundExchangeが徴収した米国以外の原盤についての対価も、協定を結んでいる日本のレコード協会やCPRAを通じて、日本の権利者に分配されることになります。


4.SoundExchangeと新しい音楽の収益モデル

このポストに関連して、2015年の記事で少し古いですが、示唆に富む記事ですのでご紹介します。

榎本幹朗「アメリカで伸びるストリーミング売上から学ぶ」(CPRA news 76号掲載)

 

Pandoraのようなラジオ型ストリーミングサービスは、日本ではほとんど利用されていませんが、米国においては、大きなシェアを占めています。

記事が書かれた2015年当時よりはラジオ型ストリーミングの収益割合は下がっていますが、これは有料ストリーミングサービスの成長が著しいためであり、ラジオ型ストリーミング自体は現在でも成長を続けています。

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https://www.riaa.com/wp-content/uploads/2017/09/RIAA-Mid-Year-2017-News-and-Notes2.pdf

 

Pandoraは、広告付きの無料のサブスクリプションモデルが提供されており、多くのユーザーは無料の広告付きプランを選択しています。有料課金のサブスクリプションサービス(AppleMusic、Spotifyなど)は日本でも普及しつつありますが、若年層を中心に音楽にお金をかける傾向がどんどん低下していることからすれば、このような広告モデルによる収益を獲得することも、音楽業界にとっては重要なものと思われます*6

また、ラジオ型サービスには、オンデマンド型サービスにはないよさがあります。それは、普段私たちが自分で選ぶことのないアーティストの楽曲を発見させてくれるという点です。Pandoraは、楽曲の人気とは関係なく、楽曲の性質とユーザーの嗜好をもとにプレイリストを作成するため、著名なアーティストからマイナーなアーティストまでさまざまなアーティストの楽曲、しかも気に入る可能性が高い楽曲を知ることができます。

このような、ユーザーに新たな音楽の発見の機会を提供するというメリットのみならず、多くのアーティストが金銭的に還元を受けられるという大きなメリットもあります。音楽ビジネスの収益は、一部のトップアーティストに集中しがちですが、Pandoraのようなラジオ型ストリーミングサービスが存在することにより、比較的広い範囲のアーティストが金銭的に潤い、新たな音楽が再生産される土壌が育まれることになるでしょう。

 

少し脱線しましたが、SoundExchangeは単なる管理団体として存在するのみならず、このようなラジオ型ストリーミングサービスを容易にすることにより、米国の音楽文化の発展に寄与していると言っても過言ではないのではないでしょうか。

 

 

*1:このあたりの実務はなかなか経験するチャンスがありません。

*2:例えば、放送二次使用料などについて、実演家分は一般社団法人日本芸能実演家団体協議会(CPRA)が、レコード製作者分については一般社団法人日本レコード協会が指定されています。

*3:後述するとおり、SoundExchangeでは作詞家・作曲家の権利は許諾の範囲外となります。

*4:私も米国で著作権法を学んだわけではないので、内容にうそ・大げさ・間違いがあれば是非コメントや参考資料のご提示をお願いします。

*5:50%の中で、45%はフィーチャード・アーティストに、残りの5%がノンフィーチャード・アーティストに分配されます。ノンフィーチャード・アーティストとは、いわゆるレコーディング・ミュージシャン、スタジオ・ミュージシャンをいいます。

*6:日本でも、有料サブスクリプションモデルより、YouTubeで無料で音楽を聴く機会が圧倒的に多いと思われます。

芸能人の労働者性 ~小倉優子は本当にOLなのか

f:id:gktojo:20170806233020j:plain先日、公正取引委員会が、芸能人やスポーツ選手の移籍制限を内容とする契約について、検討会を開いたということがニュースとなっています。

www.nikkei.com

公正取引委員会は、3月にもこの点をテーマとしたBBLミーティングを行っており、「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」と題して、フリーライターの星野陽平氏が講演を行っています。

星野陽平氏は、「芸能人はなぜ干されるのか」というタイトルの書籍を執筆しており、氏は法律の専門家ではないながらも、過去の事件が丁寧に整理されており、この分野では非常に参考になる書籍です。

また、3月のクローズアップ現代(NHK)においても、芸能人の契約解除について特集が組まれており、芸能人が事務所を辞める際、移籍する際のトラブルに光が当てられています。

 

というわけで、今回は芸能人の労働者性について整理してみます。

 

そもそも、芸能人の労働者性がなぜ問題になるかというと、「労働者」であることが、各種の労働基準法をはじめとする各種の労働法規が適用される分水嶺になるためです。中でも、労働基準法附則137条は強力な規定で、労働契約を結んでから1年間経過した場合は、いつでも申し出により退職できると定められています。これが芸能人にも適用されるとすると、事務所を辞めたい、移籍したい芸能人にとっては非常に強力なツールになるわけです。 

第137条

期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第14条第1項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成15年法律第104号)附則第3条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第628条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。

 

労働基準法における労働者は、

第9条(定義)

この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

と定義されています。

労働者性は、契約の形式によって定まるのではなく、労働関係の実態から判断されます。すなわち、事業に「使用され」、かつ、「賃金」が支払われていれば、「労働者」と判断されることになります。

 

「労働者」とそれにあたらない「個人事業主」をどのように区別するかは典型的な論点ですが、まず「使用され」と判断される要素として、以下の点が挙げられます。

  • 仕事依頼に対する諾否の自由がない
  • 業務の内容や遂行の仕方について指揮命令を受ける
  • 勤務の場所や時間が規律されている
  • 業務遂行を他人に代替させ得ない

 

次に、報酬が「賃金」と言えるかどうかについては、

  • 額、計算方法、支払形態において、従業員の賃金と同質か、零細事業者への契約代金か
  • 給与所得としての源泉徴収の有無
  • 雇用保険、厚生年金、健康保険の保険料徴収の有無

などによって判断されます(労働基準法研究会報告「労働基準法の「労働者」の判断基準について」)。

  

さて、これらの要素から判断して、「芸能人=労働者」と言えるのでしょうか。

実際の事件でも、労働法規の適用の有無を巡って、芸能人の労働者性が争われたケースはいくつかありますのでご紹介します。

 

裁判例(1) 東京地判平成19年3月27日

この事件は、所属タレントだったセイン・カミュさんを事務所が訴えた事件ですが、逆にセイン・カミュさんが事務所による活動の妨害などを理由に損害賠償を求めて反訴を行い、勝訴した案件です。

 

この事件では、労働基準法14条1項の適用の有無が争点になり、その前提として「労働者性」が問題となりました。

 

労働基準法14条1項は、以下のような条項です。 

第14条(契約期間等)

1 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締結してはならない。

現行法では3年を超える期間、となっていますが、当時は、1年を超える期間の労働契約の締結が禁止されており、この条項が適用されることで、契約上期間が定められていたとしても、1年とすることが可能となります。セインさん側としては、この条項に基づいて、専属契約が終了していることの確認を求めました。

その結果、以下のような判断がされました。 

(1)基本的事実関係記載のとおり,本件契約の規定上,被告Y1は,原告の指示に従い,一切の芸能に関する出演業務をなし,原告の承認を得ずにこのような活動をすることはできないものとされ,また,この活動に対する報酬として,原告が被告Y1に対して専属料の名目で1か月100万円の金員を支払うものとされている。それに加えて,被告Y1のなした一切の出演に関する権利は全て原告が保有するものとされている。なお,本件契約以前(平成9年,11年,12年)に締結された専属契約も,契約期間,報酬額は異なるが,上記基本的内容は同旨である(乙39ないし41)。

 また,被告Y1本人尋問の結果によれば,実情としても,被告Y1が独自に仕事を受けることは認められず,原告の指定した仕事を断ろうとしても通らず,稼働の日程,時間帯は原告の決定するところであったというのである。

(2)そうすると,被告Y1には原告からの仕事依頼に対して諾否の自由がなく,業務の内容や遂行の仕方について一方的な指揮命令関係にあり,その労働に対する対価として,原告から定額の賃金を受け取っていたものと評価することができるから,被告Y1はその実態において原告の事業に使用されている労働基準法上の「労働者」にほかならず,本件契約は,実質において雇用契約と認められる。

 このように、前述した各種の要素から総合的に判断して、専属契約におけるセインさんの地位は「労働者」に該当する、と判断されています。

 

裁判例(2)東京地判平成28年3月31日

この事件は、事務所側が専属契約が存続していることの確認を求めてアーティストを訴えたという事件です。アーティストはこれに対して、前述した労働基準法附則137条に基づく退職の申し出によって、既に契約は終了していると主張していました。

本件では、

  1. アーティストは、本件契約期間中、事務所の専属芸術家として、事務所のためにのみ出演業務等を行うこととされており、事務所の承諾なくして他に芸能活動を行うことができないこと
  2. アーティストは、アーティストの歌唱、演奏等の録音・録画、放送等の一切の利用を事務所に対してのみ許諾し、芸名に関する権利は全て事務所に帰属すること
  3. アーティストは、事務所または第三者の企画への出演業務、楽曲の制作、録音録画物などの制作のために事務所の指示に従って活動すること
  4. 事務所は、アーティストの出演業務等の遂行から生じる著作権法上の全ての権利等を独占的に取得するとともに、アーティストの出演業務等に対する対価を全て取得し、アーティストは、事務所から活動ごとに一定割合の支払を受けるにすぎないこと
  5. アーティストの実際の活動も、被告の方針に基づき、事務所を通して出演等業務の依頼を受け、事務所はこれを断ることなく歌唱、演奏の労務を提供し、各歌唱、演奏活動にあたっては、演目や衣装等の内容面にもわたってマネージャーの指示を受けた上、開始時間や終了時間を報告し、アーティストが受領した売上は全て事務所に送金していたこと

などの事情から、以下のように判示し、労働基準法附則137条の適用を認めました。

そうすると、被告は原告を通じてのみ芸能活動をすることができ、その活動は原告の指示命令の下に行うものであって、芸能活動に基づく権利や対価は全て原告に帰属する旨の本件契約の内容や、実際に被告が原告の指示命令の下において、時間的にも一定の拘束を受けながら、歌唱、演奏の労務を提供していたことに照らせば、本件契約は、被告が原告に対して音楽活動という労務を供給し、原告から対価を得たものであり、労働契約に当たるというべきである。

ここで挙げた考慮要素は、一般的なほとんどの専属マネジメント契約に必須と言ってもよい要素ですので、これがそのまま適用されると、「芸能人=労働者」と言えてしまうことになり、なかなか強烈な内容となっています。

 

裁判例(3)東京地判平成28年7月7日

この事件も、事務所がタレントを訴えた事件で、タレント側の退職の意思表示の有効性が争点になりました。この事件では、

  1. 被告が、芸名を名乗って、もっぱら学校が休みの土日祝日に、事務所の企画するアイドルグループのイベント等に出演し、他のメンバーと共に集団で歌唱やダンスを披露するライブ活動を行ったり、ファンとの交流として、コスプレやチェキ撮影などの活動に従事していたこと。なお、グループのメンバーの中には、イベント出演よりファンとの交流活動等の方が多いとの不満をもつ者もあったこと
  2. 被告は、アイドルグループのメンバーとしての活動に関し、出演先のイベント、集合する時間・場所その他、タレントとしてのスケジュールなどについて、事務所のメール等による指示に基づいてその業務に従事していたこと
  3. 事務所での活動に基づく被告らグループのメンバーの収入については、歩合給を前提とする給与体系がとられており、イベント等における当該メンバーに係る売上げの30%が給与として加算され、その他関連するグッズ等の売上げについても一定の割合で算定され加算され、1か月ごとに給与明細書に算定された給与額が記載され、その際、源泉徴収も行われていたこと

などの理由から、被告は「労働者」であると以下の通り認定し、契約の解除を認めました。

被告Y1は、原告の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ、業務内容について諾否の自由のないまま、定められた労務を提供しており、また、その労務に対する対償として給与の支払を受けているものと認めるのが相当である。したがって、本件契約に基づく被告Y1の原告に対する地位は、労働基準法及び労働契約法上の労働者であるというべきである。

 

こういった裁判例から見ると、もはや「芸能人=労働者」と言ってよいのではないかとも思いますが、著名な事件である「小倉優子事件」においてはどのように判断されているでしょうか。

 

裁判例(4)東京地判平成28年9月2日

この事件は、小倉優子さんの所属事務所だったアバンギャルドが、アヴィラに対して小倉さんとの専属契約上の地位を譲渡したところ、小倉さんが専属契約の解除を通知し、アヴィラの指示に従わず番組出演などを行わなかったため、アヴィラが小倉さんに対して損害賠償を求めて提訴した事件です。

 

この判決は、当時「ゆうこりん=OL」というセンセーショナルな見出しとともに報道され、話題になりました。

www.zakzak.co.jp

最近の記事でも、この事件について、

「その判決文には《本件契約でのタレントの地位は、労働者であるため、契約に縛られず自由に辞めることができる》といった内容が書かれていて、つまり小倉さんのケースでは、タレントは会社員と同様の労働者で、会社を辞めるのも移籍も自由という判決だったようです。」

などと解説されています。

 

www.news-postseven.com

 

しかし、判決内容を検討すると、そのような報道や解説は間違っていることがわかります。

 この裁判例の争点は、簡単に言えば、

 ①アバンギャルドと小倉さんの専属契約が、アヴィラに引き継がれているか

 ②引き継がれているとして、小倉さんの専属契約の解除が有効か

の2点でした。

 

そして、②の争点の前提として、アバンギャルドと小倉さんの専属契約の法的性質が問題となりました。以下はその争点について判示した部分です。 

これを承継した原告と被告の間の契約についても、被告は、原告の指定したテレビ番組等への出演や広告宣伝活動を行わなければならず、かつ、他社を通じての芸能活動は禁じられ、また、被告の出演によって制作されたものについての著作権等はすべて原告に帰属することになっている。

このような被告のタレントとしての芸能活動の一切を原告に専属させる内容のタレント所属契約は、雇用、準委任又は請負などと類似する側面を有するものの、そのいずれとも異なる非典型契約の一種というべきである。

 

判決では、このように、小倉さんの専属契約が雇用契約であるとは判断せず、さまざまな側面を有する契約であると判断しています。

これを受けてさらに、

被告は、原告と被告の間の契約が、アバンギャルド被告間契約を承継したものである場合、これが雇用契約であることを前提として、労働基準法附則137条に基づき、いつでも解除することができる旨主張する。しかし、上記2(3)のとおり、原告と被告の間の契約は、雇用契約そのものではないから、期間の定めのある労働契約に関する同条をそのまま適用することはできないというべきである。

として、労働基準法附則137条の適用が否定されています。すなわち、小倉優子事件においては、むしろ「ゆうこりん≠OL」と判断されたものということができます。

 

なお、本件では労働基準法附則137条による契約の解除は認められなかったものの、アヴィラの代表者がタレントの移籍等を仮装することによる巨額の脱税事件(法人税法違反容疑)で逮捕され、有罪判決を受けたことにより、契約当事者における信頼関係が破壊されたことを理由に、契約の解除を認め、小倉さんに損害賠償義務はないとの判決となっています。

 

まとめ

以上の裁判例からは、芸能人の労働者性は、当然ですが「芸能人=労働者」といった一般化はできず、原則通り具体的な契約内容と活動実態をもとに判断するほかないと考えられます。

裁判例(2)については、これが認められると、それこそ全てのケースにおいて「芸能人=労働者」となってしまい、実態にそぐわないものと考えられます。芸能人と一口に言っても、デビューしたばかりのアイドルから長年第一線で活躍する大物ミュージシャンまで一括りにすることはできず、仮に当該裁判例で指摘されたような条項なりがマネジメント契約に含まれており、実態もそのようなものだったとしても、前掲「労働基準法の「労働者」の判断基準について」に従えば労働者には該当しないケースも多数あるものと考えられます。

ただ、デビューしたての芸能人、育成中の芸能人については、今回挙げた裁判例からは労働者に該当する可能性も十分あるものと考えられます。したがって、芸能事務所としては、所属アーティストが事務所を辞めたい、移籍したいという希望を伝えてきた場合には、こういった裁判の現実を踏まえた対応が必要になります。

また、アーティストの側から言えば、どうしても活動を続けていくことが苦しい状況になってしまったら、契約書があるからどうにもならないと諦めず、弁護士に相談することが重要です。

 

チケット転売問題と法規制 ~Consumer Rights Act 2015(追記あり)

f:id:gktojo:20170711021208j:plain

 昨今、音楽業界の団体がチケットの高額転売に反対し、意見広告などを出しているほか、定価に限定した二次流通を行うウェブサイト「チケトレ - 公式チケットトレードリセール」もサービスを開始したとのことで、チケットの高額転売を巡る動きが慌ただしくなっています。

www.tenbai-no.jp


また、報道等によれば、新たな法規制に向けた動きも活発に行われているようです。

jp.reuters.com

転売自体を直接規制することは自由経済社会の日本においてはなかなか難しく、どのような行為を、どのように、どの程度規制するのかは、さまざまなアプローチが考えられるところです。

チケットの高額転売を規制する法規制として参考になるものとして、アメリカで2016年12月5日にオバマ大統領によって署名された「Better Online Ticket Sales Act (BOTS Act)」*1が著名ですが、

www.billboard-japan.com

今回は、イギリスの消費者保護を目的とした法律である「Consumer Rights Act 2015」*2を検討してみたいと思います。これらの法規制は、日本における法規制のアプローチの検討に役立つだけでなく、事業者においていかなる対応をすべきか、消費者の権利との関係でいかなる配慮が必要かについて示唆を与えてくれるものと思います。

なお、条文の和訳は参考訳ですので、誤訳・誤読などがあればご指摘ください。

 

1.転売時のチケットに関する情報提供義務

Consumer Rights Act 2015 には、消費者と事業者との間の取引について、「デジタルコンテンツ」「サービス」などの取引の目的ごとに規制がされている他、「不公正条項」に関する規制がされています。その中の1つとして「チケット転売(Secondary Ticketing)」のチャプターが設けられています。

以下条文を見ながら、制度を概観してみます。

第90条 チケットに関する情報を提供する義務

(1)  本条は、ある者(以下「売主」という。)がチケット転売機関(secondary ticketing facility)を通じて娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットを英国内において転売する場合に適用される。

まず、このように、この法律はチケットを英国において「チケット転売機関」を通じて転売する場合に適用されます。「チケット転売機関(secondary ticketing facility)」は、あまり適切な訳とは思いませんが、インターネット上のチケット転売サイトなどを指しており、日本で言えば「チケットキャンプ」が代表的なものとして挙げられるでしょう*3

(2)  売主と当該機関の各運営者は、これが当該チケットに当てはまる場合、当該チケットを買う者(以下「買主」という。)が本条第(3)項に定める情報を与えられるよう確実を期さなければならない。

(3)  その情報は次に掲げる情報である。

(a) 当該チケットがイベントの会場における特定の座席またはスタンディングエリアに関する場合、買主がその座席またはスタンディングエリアを特定できるようにするために必要な情報
(b) チケットの使用を、記名された特定の者に限定するという制限があれば、それに関する情報、および、
(c) チケットの券面価格

これはなかなか重要な点です。転売する際に売主は買主に対して、

  • そのチケットの席番号など
  • チケットに印字された氏名と一致しないと入場できない場合は、その旨
  • チケットの券面価格

に関する情報を提供して、販売しなければならないとされています。

一見すると、チケットキャンプなどでもよく行われているような、「1列、10番~30番」という特定でもよさそうですが、

(4) 本条第(3)項第(a)号にいう、買主が会場における座席またはスタンディングエリアを特定できるようにするために必要な情報には、該当する限りにおいて、次の各号に掲げるものが含まれる。

(a) その座席またはスタンディングエリアが位置している会場内のエリアの名称(例えば、その座席またはスタンディングエリアが位置しているスタンドの名称)

(b) 買主がその座席またはスタンディングエリアが位置している会場内のエリアの部分を特定できるようにするために必要な情報(例えば、その座席が位置している座席ブロック)

(c) 座席が位置している列を示す数字、文字その他の識別マーク、および

(d) 座席を示す数字、文字その他の識別マーク

席番の特定については以上のような条項が設けられており、座席などが特定されている場合は、その座席についても特定して情報を提供しなければならないと考えられます。

次に、これらの情報を提供しなければならない義務者について、以下のような規定が設けられています。

(6) 売主と当該機関の各運営者は、売主が次の各号のいずれかに該当する場合、買主が本条第(7)項に定める情報を与えられるよう確実を期さなければならない。

(a) チケット転売機関の運営者

(b) チケット転売機関の運営者の親会社または子会社にあたる者

(c) チケット転売機関の運営者によって雇用または委託されている者

(d) 第(c)号に定める者に代わって行動する者、または、

(e) イベントの主催者またはイベントの主催者に代わって行動する者

このように、売主だけではなく、転売サイト等の運営者に対しても、前述のような情報が確実に買主に提供されることが要求されています。

さらに、 

(8) 本条によって買主に与えることが要求される情報は、

(a) 明確かつ分かりやすい方法で、かつ、

(b) 買主がチケットの販売にかかる契約によって拘束される前に、

行わなければならない。

という条項も設けられています。

日本でも、ヤフオクやチケットキャンプで転売されているチケットは、席番号を表示させずに、おおよその座席の場所だけを特定するだけで販売されていることがほとんどです。その多くは、席番号を明らかにして高額転売を行うと、イベントの主催者にチケットが無効化されてしまうことが理由だと思われます。

したがって、次の条文では、このような席番表示を義務づけるにあたって、イベントの主催者にある義務を課すことで、バランスを取っています。それが第91条に規定された「キャンセルまたはブラックリスト掲載の禁止」条項です。

 

2.チケットの取消しとブラックリスト掲載の禁止

第91条 キャンセルまたはブラックリスト掲載の禁止

(1) 本条は、ある者(以下「売主」という。)がチケット転売機関を通じて英国内で娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットを転売する、または転売に供する場合に適用される。

(2) イベントの主催者は、売主がチケットを転売した、または転売に供したという理由だけでチケットをキャンセルしてはならない。ただし、以下の場合はこの限りではない。

(a) チケットの販売に関する当初の契約の条件において、

(i) チケットが当該契約に基づき買主によって転売された場合のそのキャンセルについて定めていた場合

(ii) チケットがその買主によって転売に供された場合のそのキャンセルについて定めていた場合、または、

(iii) 上記(i)および(ii)において述べるように定めていた場合で、かつ、

(b) 当該条件が、本法第2部(不公正な条件)の適用上、不公正でなかった場合

このように、チケットの一次販売を行う主催者が、チケットが転売された場合はチケットが無効になるとチケットの一次販売時において明示していない限りは、転売したという理由だけでチケットを取り消してはならないとされています。

この点については、日本国内のチケットエージェンシーの規約上は、(高額)転売禁止と、それに伴いチケットが無効化される旨が明確に規定されている場合がほとんどでしょう。

(3) イベントの主催者は、売主がチケットを転売した、または転売に供したという理由だけで売主をブラックリストに掲載してはならない。ただし、以下の場合はこの限りではない。

(a) チケットの販売に関する当初の契約の条件において、

(i) チケットがその買主によって転売された場合の当該契約に基づく買主のブラックリスト掲載について定めていた場合

(ii) チケットがその買主によって転売に供された場合の買主のブラックリスト掲載について定めていた場合、または、

(iii) 上記(i)および(ii)において述べるように定めていた場合で、かつ、

(b) 当該条件が、本法第2部(不公正な条件)の適用上、不公正でなかった場合

ブラックリスト掲載についても、一次販売の時点でそうなることを定めておくことが必要とされています。

日本のチケットエージェンシーなどの規約上において、もし今後ブラックリスト化のような対応をする場合には、事前に規約などで規定しておく必要があるという点で、参考になります。

なお、91条と92条に違反した場合の制裁金は、5,000ポンドが上限となっており、実効性にはやや疑問符がつきます。

 

3.通報義務

また、最近はチケットの高額転売に関連して、一次販売者からチケットを騙し取るという詐欺容疑での逮捕報道もなされているところです。

www.oricon.co.jp

 

このような違法に取得されたチケットに関連して、Consumer Rights Act 2015は次のような規定を設けています。

第92条 犯罪活動を報告する義務
(1) 本条は、次の場合に適用される。

(a) チケット転売機関の運営者が、犯罪がなされた、もしくは現になされているような方法である者がその機関を利用した、または利用していることを知っており、かつ、

(b) その犯罪が英国における娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットの転売に関連している場合

(2) 運営者は、ある者が本条第(1)項に述べるように当該機関を利用した、または利用していることに気付き次第ただちに、本条第(3)項に指定する事柄を次に掲げる者に開示しなければならない。

(a) しかるべき者(=警察)、および、

(b) イベントの主催者(本条第(5)項に従うことを条件として)

(3) それらの事項は、次に掲げるものである。

(a) 運営者が本条第(1)項に述べる者の身元を知っている場合、その身元

(b) 運営者が、本条第(1)項に述べるように犯罪がなされた、または現になされていることを知っているという事実

この条項から直ちに詐欺によって取得したチケットが転売されたことが、犯罪活動として報告する義務があるかは明言できませんが、チケット転売サイトは、犯罪に関連してチケットの転売サイトが利用された場合には、イベントや警察に対して報告する義務があるとされています。

 

以上のようなConsumer Rights Act 2015 は、必ずしも転売自体を直接禁止せずとも、違法な高額転売を抑止する方法を示唆してくれます。しかし、制裁金の低さもあってか、なかなかこの法律は有効に機能していないとも言われています。

もし日本でも法規制が検討される場合は、消費者の権利を過剰に制約することなく、かつ、実効性を持ち、音楽業界やライブ・エンタテインメント業界の発展の助けとなるため、活発な議論がされることを期待します。

 

 

(2017.11.11追記)

こちらで紹介したConsumer Rights Act 2015に違反しているとの疑いで、大手チケット転売事業者であるViagogoとStubhubに対して当局が調査に入ったと英ガーディアン紙が報じています。

www.theguardian.com

この2社は、自発的に資料を提出することを拒否したため、令状に基づく調査が行われることとなったようです。英国においては、チケットの二次流通事業者に対する法的な締め付けが強くなってきていることが伺えます。

 

 

 

*1:https://www.congress.gov/bill/114th-congress/senate-bill/3183/all-info

*2:http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2015/15/part/3/chapter/5/enacted

*3:具体的には、第95条1項の定義規定において、「娯楽イベント、スポーツイベントまたは文化イベントのチケットの転売を目的とするインターネットベースの機関」と定められています。

実演家の二次使用料

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今回はアーティスト向けの記事として、実演家の二次使用料などについて詳しく解説することにします。以前、アーティスト活動によって得られるお金についてのエントリ*1でも少し言及しましたが、今回はより詳しく説明してみたいと思います。

アーティストが音楽活動をするにあたっては、JASRACやNexToneから支払われる音楽著作権の使用料やライブのギャランティ、物販のロイヤルティなどに注目しがちですが、歩合制の場合には二次使用料なども貴重な収入源となります。

特に、自分で作詞作曲を行わず演奏だけを行うミュージシャンは、バンド内のお金の分配の仕方によってはまったく著作権使用料が入ってきませんので、貴重な収入になります*2

 

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(引用:著作権のお金の流れ | 音楽主義

以前にも紹介したとおり、実演家に支払われるアーティスト印税は、作詞家作曲家に支払われる著作権印税の6分の1程度になってしまうのが一般的ですので、作詞作曲をしないプレイヤーは必然的に収入が限られてくることになります*3

 

ここでいう「二次使用料など」とは、具体的には、 

  • 商業用レコード二次使用料
  • 貸レコード使用料
  • 私的録音補償金

などを言います。これ以外にも細かいものはあるのですが、主要な3つをそれぞれ説明していきます。

 

1.商業用レコード二次使用料

そもそも、著作権法においては、実演家にいわゆる放送権が付与されています(92条1項)。したがって、放送局は実演家の実演を許諾なく放送することはできません。「実演を放送する」と言われてもピンと来ないかもしれませんが、「レコーディングに参加したCDが放送で流される」といった意味程度に考えておけばよいです。

しかし、その放送権は、「前条第1項に規定する権利(=録音権)を有する者の許諾を得て録音され、又は録画されている実演」については、放送権は及ばないこととされています(92条2項)。

つまり、実演家の承諾を得て制作された原盤には、放送権が及ばない、すなわち、「勝手に放送するな」と言えないこととなります。したがって、基本的にテレビ局やラジオ局は、実演家の許諾を得ずに、CD音源を個別の許諾を得ることなく自由に利用することができるというわけです*4

しかし、テレビ局は無償で利用できるわけではなく、実演家に二次使用料を支払わなければならない旨が法律で規定されています。これが「商業用レコード二次使用料」です(著作権法95条)。放送で使用された場合の二次使用料なので、「放送二次使用料」と呼ばれたりもします。

 

この放送二次使用料は、自分の実演が収録されたCDなどが放送された場合には、誰でも放送局から直接受け取れるというわけではなく、指定団体を経由して受け取る必要があります。

95条5項

第1項の二次使用料を受ける権利は、国内において実演を業とする者の相当数を構成員とする団体(その連合体を含む。)でその同意を得て文化庁長官が指定するものがあるときは、当該団体によつてのみ行使することができる。

その指定団体が、CPRA(実演家著作隣接権センター)という団体です。

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(引用:http://www.cpra.jp/profile/

現状は、CPRAに直接実演家が委任することはできず、CPRAに権利を委任する権利委任団体を経由して権利を委任する必要があります。

その権利委任団体として、音事協(日本音楽事業者協会)、音制連(日本音楽制作者連盟)、PRE(映像実演権利者合同機構)、MPN(演奏家権利処理合同機構)などがあり、団体によってはさらに下位の団体が存在している場合があります。

www.jame.or.jp

www.fmp.or.jp

www.pre.or.jp

www.mpn.jp

どの団体でもほぼ同じように二次使用料を受け取れるのですが、音事協はいわゆる芸能系、音制連はニューミュージック系、PREは俳優、MPNはバックミュージシャンが中心など、それぞれ団体によってカラーが違います。

音事協、音制連、PREなどは、いわゆるプロダクションを通じて委任することが想定されていますが、MPNについては個人でも会員になることができますので、どの団体にも所属していないインディーズのアーティストの場合は、MPNやその下位団体に所属することで、二次使用料を受け取ることが可能になります。

放送で多く使用される楽曲は、必ずしもヒット曲ばかりというわけではなく、インスト楽曲などの背景音楽として使用されやすい楽曲が多数使用されており、いわゆるヒットチャートとは異なる傾向があると想像できます。歌番組がほとんどなくなった現状のテレビからすると、実はメジャーアーティスト以外のアーティストにこそ、二次使用料が重要なものとなる可能性もあるでしょう。

CRPAが徴収する放送二次使用料は2015年には50億を超えており、JASRACの放送分野の徴収額が300億程度であることからすれば規模は小さいですが、決して無視はできない金額になります*5

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(引用:http://www.cpra.jp/profile/result/

 

放送局がCPRAに支払った商業用レコード二次使用料は、JASRACの放送使用実績データに基づき分配されることになります。

なお、商業用レコード二次使用料は、実演家だけでなく、レコード製作者(いわば原盤権者)にも発生します。徴収された商業用レコード二次使用料は、まずレコード製作者と実演家分に分けられ、実演家分については前述のとおりCPRAを経由して分配され、レコード製作者分については、日本レコード協会とMPA(日本音楽出版社協会)に分配され、それぞれの会員社に分配されます。

 

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(引用:著作権のお金の流れ | 音楽主義

 

したがって、アーティストやプロダクションが自ら原盤を制作している場合には、アーティストやプロダクションが、実演家分だけでなくレコード製作者分も二次使用料を受け取る権利があるということになります。
しかし、レコード製作者分の二次使用料を100%受領するためには、レコ協とMPA両方の会員にならなければなりません。さらに、レコード製作者の権利を持っていたとしても、レコード会社に原盤供給をしていたり、流通委託をしている場合には、原盤権者に分配されず、供給先のレコード会社に二次使用料が分配されてしまいます。また、レコード会社の多くは、レコード製作者分の二次使用料を原盤権者であるアーティストやプロダクションに分配しませんので、ことレコード製作者の二次使用料の分配という局面においては、レコード協会加盟の大手レコード会社に極めて有利な構造になっていると言えます。

 

2.貸レコード使用料

貸レコード使用料は、2種類の使用料を総称したものです。1つは、期間経過商業用レコードの貸与報酬(同第95条の3第3項)であり、もう1つは、(期間経過前の)商業用レコードの貸与使用料です。

実演家には貸与権がありますので(95条の3第1項)、TSUTAYAやゲオなどのレンタルCDショップでCDを貸与する場合は、実演家の許諾が必要になります。しかし、著作権法に定める貸与権の規定をよく見てみると、

前項の規定は、最初に販売された日から起算して1月以上12月を超えない範囲内において政令で定める期間を経過した商業用レコード・・・の貸与による場合には、適用しない。

として、貸与権が及ぶ範囲が制限されています。なお、現在は、「一月以上十二月を超えない範囲内」とは、12か月とされています。

また、

商業用レコードの公衆への貸与を営業として行う者・・・は、期間経過商業用レコードの貸与により実演を公衆に提供した場合には、当該実演・・・に係る実演家に相当な額の報酬を支払わなければならない。

とも定められており、期間経過後の商業用レコードの貸与には、実演家に相当な額の支払を行わなければならない旨が規定されています。この点も放送における放送二次使用料と同様に、レンタルするなとは言えないけど、レンタルした場合は報酬を支払ってね、という制度になっています。

一方で、期間経過前の商業用レコードの貸与については、当然貸与権が働くことになりますので、個別に許諾を受けて、使用料を支払うことになります。
つまり、レコードの発売から1年間は貸与権の許諾が必要な期間であり、それ以後は報酬請求権に変化することになります。

現在は、邦盤アルバムについては発売日から3週間のレンタル禁止期間*6とする運用がなされているようです*7

もちろん、発売から1年間はレンタルを許諾しないこともできるので、CDの裏ジャケットには「レンタル禁止」と書かれていたり、「17.4.1 L X 再 17.9.30まで」といった表記(マルX=貸与許諾禁止表示*8)で、レンタル禁止を表示している場合もあります。

 

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(引用:著作権のお金の流れ | 音楽主義

これらの貸与報酬と貸与使用料は、CDVJ(日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合)という団体を経由して、各レンタル事業者が支払っています。CDVJが取りまとめた使用料は、商業用レコード二次使用料と同様にCPRAを通じて権利委任団体に分配され、そこからプロダクションやアーティストに分配されます。これらの報酬も、CPRAに権利を委任している権利委任団体に所属していなければ受け取ることはできません。

www.cdvnet.jp

ちなみに、貸レコード使用料についても、実演家分以外にレコード製作者分としての取分があり、レコ協を通じて権利者に分配されています。

 

3.私的録音補償金

著作権法においては、30条1項において私的使用のための複製という強い権利制限が設けられていますが、デジタル機器が発達した現代においては、劣化なくコピーができる結果、私的使用といえども、権利者の権利が少なからず制限されていることは言うまでもありません。そこで、著作権法において、私的使用目的であっても、デジタル方式の録音・録画機能を有する機器や記録メディアに録音・録画を行う場合には、権利者に対して補償金を支払うこととされています。

私的使用を目的として、デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器・・・であって政令で定めるものにより、当該機器によるデジタル方式の録音又は録画の用に供される記録媒体であつて政令で定めるものに録音又は録画を行う者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。

この私的録音補償金は、ユーザーが直接負担するわけではなく、デジタル機器や記録メディアのメーカーが直接は負担をしています。私的録音補償金は、メーカーからsarah(私的録音録画補償金管理協会)という団体を通じてCPRA(実演家分)やJASRAC(著作権者分)、レコード協会(レコード製作者分)に分配され、他の使用料や報酬と同様に、権利委任団体を通じてプロダクションやアーティストに分配されます。

 

4.最後に 

以上のように、いわゆる二次使用料は、チャリンチャリンと何もしなくとも入ってくるお金ではありますが、まず入ってくるようにするための手続がいささかわかりにくいという点と、そもそもなんでそんなお金がもらえるのかわからないという点で、アーティストからはつい忘れられてしまうお金です。

しかし、一度手続をすればCDの音源がどこかで放送されたりレンタルされたりすることで、チャリンチャリンとお金が入ってくるわけですから、アーティストもきちんとした知識を持って、こういった報酬を取りっぱぐれることのないようになってくれればと思います。

また、前述のとおり、現在は文化庁に指定された団体からさらに複数の団体を経由して分配がなされるという実務になっています。当然ですが、各団体は管理に要する手数料を控除して分配します。こういった二次使用料は、本来は、誰が権利を持っている楽曲や原盤が使用されたかが特定できて、分配先が登録さえされていれば分配はできるはずですので、今後の技術の進歩によって、より簡易かつ低コストで、正確な分配がなされるような制度が構築されることを期待します。

 

 

*1:

gktojo.hatenablog.com

*2:メンバーの誰かが作詞作曲した場合でも、メンバー全員で著作権使用料を分配するケースもありますが、当然作詞作曲した特定のメンバーが総取りするケースが多いです。ドラマーも作詞作曲ができるようになったほうが絶対にいいです。

*3:メンバーに均等に給料のようなものを払う事務所も多く、収入が安定することもありますが、バンドなんていつ何時どうなるかわかりません。

*4:CD音源を利用する場合は、レコード製作者の権利も関わってきますが、レコード製作者には「放送権」がなく、実演家の権利と同様に二次使用料を支払うことで処理がされています。

*5:後述しますが、これにはレコード製作者分も含まれていますので、実演家分はこの半分です。

*6:洋盤については、シングル、アルバムともに1年間のレンタル禁止期間

*7:CDV-NET - レンタルと著作権

*8:レコード協会の規格で定められています。

JASRAC独占禁止法違反事件(後編)

最近JASRACが音楽教室から使用料を徴収するということで、あちこちで炎上していましたが、JASRACが炎上すると急にJASRAC関係の記事のアクセスが激増します・・・

音楽教室の件もそうですが、本件もかなり専門的かつ横断的な分野の知識が必要になりますので、なかなか正確に理解されていない面があると思います。

 

さて、中編では審決まで解説しましたので、最後は審決取消訴訟から放送使用料の徴収の現状、その他のJASRACに残された課題までを解説します。

なお、本件は独占禁止法上の論点も多数含んでいるのですが、本ブログの趣旨から、あまり深入りせずにまとめています。

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 4 審決取消訴訟

(1)東京高裁判決(2013年11月1日)

審決の内容は既に中編で説明しましたが、この審決が出されることによって、JASRACに対してなされた排除措置命令は取り消されることとなりました。公正取引委員会が自ら出した排除措置命令を自ら取り消すわけですから、通常はこれで審決が確定するはずでした。
しかし、「JASRAC無罪」の審決に対し、JASRACと競争関係にある管理事業者であるイーライセンスが、公正取引委員会を相手に東京高裁に対して審決取消訴訟を提起しました。

結論としては、この審決取消訴訟において、原告であるイーライセンスの請求が認められ、JASRACに対する排除措置命令を取り消した審決が取り消されることとなり、これにより、排除措置命令の効果が復活することになりました(判決全文)。

www.nikkei.com


そもそも審決取消訴訟は、審決の名宛人である者(本件で言えば、公正取引委員会かJASRAC)が原告となって提起することが想定されており、審決の名宛人でないイーライセンスが訴訟提起の当事者となり得るかについては、当時は一定の疑問符がつけられていました*1
本件訴訟においては、飯村敏明判事を裁判長とする東京高裁特別部により担当されることになりました。飯村裁判官は、Apple対Samsung事件やロクラクⅡ高裁判決など、多数の著名事件でインパクトのある判決を残してきた裁判官です。
本件訴訟の第1回目の期日において、JASRACが参加人として当該訴訟に参加することを許可する決定がなされ、原告をイーライセンス、それまで審査官と被審人という立場で対立する関係にあった公正取引委員会とJASRACがそれぞれ被告、参加人として、共に審決の妥当性を主張して原告であるイーライセンスと争うという奇妙な構図となりました。

審決取消訴訟における争点は複数ありましたが、重要なのは2点で、一つはイーライセンスが原告となることができるのか、もう一つは、排除措置命令を取り消した審決に、事実認定の誤りがあるのか、という点です。

1点目については、高裁は「排除措置命令を取り消す旨の審決が出されたことにより, 著しい業務上の被害を直接的に受けるおそれがあると認められる競業者については, 上記審決の取消しを求める原告適格を有するものと認められる」として、イーライセンスの原告適格を認めました。


2点目については、高裁は、審決においては重要視された「恋愛写真」の利用実績については、実質的証拠がない(=事実認定について誤りはない。)とまでは判断しませんでしたが、結論としてはJASRACの行為について排除効果を認めました。審決はこの点に着目して排除措置命令を取り消した一方で、その点は必ずしも誤りではないとしつつ排除効果を認めた高裁判決は対照的です。
このような判断は、排除行為に該当するためには、「実際に」他の事業者の事業活動を困難にし、他の事業者の参入を「具体的に」排除することまでは必要ではないという原則に従ったものと評価することができるでしょう*2

 (2)最高裁判決(2015年4月28日)

当然ですが、JASRACはこの判決を不服として、上告しました。公正取引委員会も一応上告はしています。

最高裁判決は、独占禁止法上興味深い点もありますが、本ブログの趣旨から外れるためここでは詳細は述べることはしません。端的には、JASRACがその管理楽曲に係る放送使用料の金額の算定に放送利用割合が反映されない徴収方法を採用することによって、他の管理事業者の参入を著しく困難にした、と判断されました(判決全文)。

www.nikkei.com

 

最高裁判決は、独占禁止法違反となる1つの論点についてしか判断していませんので、厳密にはこの最高裁判決のみをもってJASRACが独占禁止法違反であるということにはなりません。最高裁判決により、審決が取り消されることが確定した結果、他の要件の該当性を審理するため、審判が再開されることになりました。 

 

5 放送分野の徴収方法の改善へ

最高裁判決が待たれる中、2015年2月から、JASRAC、イーライセンス、JRC、NHK、民放連に加えて、オブザーバーとして文化庁が参加する「放送分野における音楽の利用割合の算出方法に関する検討会」が行われるようになりました。このような動きは、うがった見方をすれば、最高裁においてJASRACが「負ける」ことを各プレイヤーがリアルに感じ始めたため起こったと言うこともできるでしょう。
この検討会は、排除措置命令において問題とされたアドオン構造の解消に向けた協議会であり、JASRAC、イーライセンス、JRCと3社が参入した放送分野において、どのように管理事業者ごとの使用割合を反映するかなどが検討課題とされました。
この検討会は2015年9月に合意に至り、「管理事業者が放送分野で管理する楽曲の総放送利用時間時間(秒単位)を分母とし、各管理事業者が管理する楽曲の利用時間を分子とする」ことで算出される利用割合を、各管理事業者の使用料に反映させるとの内容となりました。

www.nikkei.com

 

つまり、JASRAC、イーライセンス、JRCの3社のいずれかに管理されている楽曲が100秒使用された場合、そのうちJASRACの楽曲が90秒使われていれば、JASRACの放送使用料(使用料規程上は放送事業収入の1.5%)に、100分の90を乗じることにより、使用料を算出することになります。

これにより、イーライセンスやJRCの楽曲を使用したとしても、その分JASRACの使用料が減ることになるため、従来問題となっていた「追加負担となるから」という理由での利用回避は理屈上は発生しないこととなりました。利用割合が反映されなければ、イーライセンスやJRCの楽曲を使用すれば必ずJASRACの使用料にアドオンされて使用料が発生し、放送局が支払う使用料の総額が増加していたところ、利用割合が反映されることにより、イーライセンスやJRCの使用料がJASRACに比して安ければ、使えば使うほど使用料の総額は減少し、JASRACと同一の金額であれば、総額は上昇しないことになります。
したがって、放送局にとっても、イーライセンスやJRCの放送使用料がJASRACの放送使用料より高いのであれば別段、同じ金額または安い金額であれば、イーライセンスやJRC(現NexTone)の楽曲を使わないメリットは少なくとも放送使用料の多寡の面では存在しないことになりました。ようやく「使いたい楽曲を追加料金を気にせずに使える」ようになったわけです。

なお、この利用割合を勘案した使用料の算出は、2015年度の放送使用料から適用されており、排除措置命令が違法であると指摘した状態は既に解消されています。

細かい点を指摘するとすれば、「管理事業者が放送分野で管理する楽曲の総放送利用時間(秒単位)」が分母である以上は、放送局がクラシックなどの著作権が消滅している楽曲や著作権フリーの楽曲をいくら使おうとも、音楽にかかるコストは変わりません。先日あったブルガリアでのニュースのように、「一切管理事業者の楽曲を使わない」という方法でしか、音楽にかかるコストを削減する方法はないのが現状です。もちろん、楽曲単位の個別契約という方法もありますが、包括契約に比して単価が高いというのが現状です。

www.afpbb.com


2016年2月1日には、イーライセンスとJRCが事業統合され、新会社としてNexToneが成立しました。
この後、同月にはJASRACに対する損害賠償請求訴訟を取り下げるとともに、再開されていた審判への参加も取り下げ、いわば「矛を収めた」形となりました。

この後、2016年9月9日付けで、JASRACが審判請求を取り下げる形で審判は終結し、2009年に出された排除措置命令が、およそ7年半の歳月を経て確定することとなりました。JASRACが審判請求を取り下げた理由は以下のようなものです。

  1. 排除措置命令を受けた当時、一部のFM放送事業者などにおいてしか実施されていなかった全曲報告が広く行われるようになり、同命令が求める放送事業者ごとの利用実績に基づく利用割合の算出が可能となってきた。
  2. 上記1を受けて開始した5者協議において、2015年度分以降の放送使用料に適用する利用割合の算出方法について合意したことにより、排除措置命令が問題とした状況は、既に事実上解消されつつある。
  3. 株式会社NexToneが当協会に対する損害賠償等請求訴訟を取り下げ、審判への参加についても取り下げたことにより、競争事業者間の係争事案は全て解決し、排除措置命令の正否を争う審判手続だけが残る形となった。
  4. 上記1から3までの状況の変化を考慮した結果、排除措置命令の取消しを求めて争い続けるのではなく、審判請求を取り下げて本来の業務に全力を尽くすことが権利者・利用者その他の関係者を含む音楽著作権管理事業分野全体にとって有益であるとの判断に至った。

http://www.jasrac.or.jp/release/16/09_3.html

www.nikkei.com

排除措置命令に対するJASRACの主な反論として繰り返し言われ続けていた、「全曲報告がされていない以上、利用割合を算出できない」という主張とは矛盾しない形で、何とか格好をつけての排除措置命令の受け入れとなりました。


なお、仮にこのような形で一応の解決をみたとしても、本件はJASRACが排除措置命令違反を継続していた期間において課徴金を課されてもおかしくはない事案のように思いますが、現時点では公取の見解は不明です。植村先生のブログにおいて課徴金納付命令の可能性についてわかりやすく検討されています。
kyu-go-go.cocolog-nifty.com

 

6 残された課題

放送分野の徴収という大きな問題はクリアされましたが、残された課題として、いまだに本件で問題になった放送分野と同様の、利用割合を反映しない包括徴収が行われているという点が挙げられます。
先日、音楽教室からの演奏権使用料の徴収が話題となりましたが、その主張の当否は置くとして、この利用形態が含まれる「演奏等」の分野は、その全てが利用割合が反映されない形での包括徴収が規定されています。
その他、インタラクティブ配信分野のストリーム配信分野など、一部の利用形態においては利用割合を反映するかたちの使用料徴収となっているものの、その他の多くの分野にわたり、利用割合が反映されない形での包括徴収が規定されています。このような使用料規程は、放送分野同様に、独占禁止法違反となる可能性があります。しかし、最高裁判決が出され、JASRAC自らによる審判請求の取り下げが行われた後も、これらの利用割合が反映されない形の包括徴収については、JASRACによる改善は見られません。
 
さらに、信託範囲の区分をどのように設定するかという問題があります。現状のJASRACの信託約款においては、JASRACに「演奏」を信託すると、

  1. 上演
  2. 演奏会
  3. 催物における演奏
  4. カラオケ施設における演奏
  5. ダンス教授所における演奏
  6. フィットネスクラブにおける演奏
  7. カルチャーセンターにおける演奏
  8. 社交場における演奏
  9. ビデオグラム上映

といった全ての利用態様について一括して信託する必要があります。

しかし、演奏等の利用の内訳は、以下のとおりであり、各利用態様によって大きなばらつきがあります。

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(上記割合はJASRACの2016年上半期の徴収実績による)

 

演奏分野のJASRACの管理手数料*3は諸外国に比べても高いと言われていますが、管理分野の抱き合わせが行われなければ、例えばカラオケ演奏分野は管理を信託するが、コンサートなどの演奏会における演奏は信託しない、といった権利の預け方も可能になり、演奏分野の中で大きな割合を占めるカラオケ演奏分野を信託しつつ、自ら利用することが多いにもかかわらず管理手数料が高いコンサート等での演奏分野は自己管理とすることも可能になります。 

また、SNSなどでは音楽教室においては無償で使用させてもよいと発言する権利者もいたように、権利者が音楽教室においては無償で使わせたいということであれば、その分野も自己管理して、無償で許諾を出せばよいことになります。
このような柔軟な信託が可能になれば、利用者にも権利者にも大きなメリットとなり、高い徴収能力を誇るJASRACが音楽業界の発展に寄与するものと考えられます。もちろん、これらと並行して、JASRACにおいて公平な分配方法を採用すること、利用者においても利用実態を正確に報告すること、これらを容易にするフィンガープリントなどの技術*4の開発に努めることは、どれも欠くことができないものと言えるでしょう。

 

*1:原告適格がないとする意見として、安念潤司「公取委審決取消訴訟の原告適格について」中央ロージャーナル第10巻第1号(2013)

*2:公益財団法人公正取引協会主催「『独占禁止法研究会(平成25年度)』-私的独占Ⅰ-JASRAC審決、NTT東日本判決」議事概要によれば,従来、判例も公正取引委員会も、排除行為に該当するためには、「実際に」他の事業者の事業活動を困難にし、他の事業者の参入を「具体的に」排除することが必要であるという解釈・運用を示したことはないとのことです。

*3:実施料率は25%

*4:BMATに関する過去記事参照。

ポール・マッカートニーと終了権制度

先日、ポール・マッカートニーが、ニューヨークで、ビートルズのメンバーとして彼が創作した楽曲の著作権を取り戻すことについての確認を求めて、Sony/ATVに対して訴えを提起したとのニュースがありました。

f:id:gktojo:20170205044509p:plainPaul McCartney Sues to Get Back His Beatles Songs

https://www.nytimes.com/2017/01/18/business/paul-mccartney-beatles-songs-lawsuit-sony.html

この提訴の背景にあるのは、米国著作権法に定められた「終了権」という制度です。

この制度は、簡単に言ってしまえば、例えばある著作権を第三者に譲渡してしまった場合であっても、一定期間経過後に、権利者に書面を送達することでその譲渡を終了させ、著作権を取り戻すことができるという権利です*1

1978年1月1日以降に権利譲渡がされた作品については、最速で35年を経過した時点で、その著作権を取り戻すことができるとされています*2。 

第203条 著作者の権利付与による移転および使用許諾の終了
(a) 終了の条件ー職務著作物以外の著作物の場合、1978年1月1日以後に著作者が遺言以外の方法によって行った、著作権またはこれに基づく権利の移転または独占的もしくは非独占的な使用許諾の付与は、以下の条件において終了する。

・・・(中略)・・・

(3) 権利付与の終了は、権利付与の実施の日から35年後に始まる5年間にいつでも行うことができる。また、権利付与が著作物を発行する権利にかかる場合、上記期間は、権利付与に基づく著作物の発行の日から35年後または許可の実施の日から40年後のうち、いずれか早く終了する期間の最終日から起算する。 

一般的に、アーティストは交渉力が弱いことが多く、音楽出版社などと契約を結ぶ際に、不利な条件で契約を締結せざるを得ないことが多いといえます。仮にその曲が大ヒットしたとしても、交渉力が弱いうちに不利な条件で長期の契約をしてしまうと、その楽曲が莫大な利益を生み出しながらも適切な対価がアーティストに対して支払われないままとなってしまいます。このような立場上弱いアーティストに、再交渉のセカンドチャンスを与え、適切な対価を取得させようというのが、終了権の趣旨です。

最近でこそ、日本でも10年またはそれ以下を譲渡期間とする著作権譲渡契約書をよく目にするようになりましたが、交渉力のないアーティストは「著作権存続期間(=死後50年)」にわたり譲渡する、とされることが多い日本の音楽業界にとっては衝撃的な制度です。現在のトップアーティストであっても、交渉力のない時期に、不利な条件(著作権収入の50%が音楽出版者の取分)で著作権存続期間にわたる著作権譲渡契約を締結せざるを得ないという例も多々ありました。

日本で音楽著作権の譲渡時に使われるMPA書式には、

第1条(目的)
本件作品の利用開発を図るために著作権管理を行うことを目的として、甲は、本件著作権を、以下に定める諸条項に従い、乙に対し独占的に譲渡します。(後略)

とありますが、いったい50年以上にわたりどんな「利用開発図るための著作権管理」をしているのか謎です。利用開発しないんだったら権利を返してくれ、と言いたくなるのも当然です。

実際に米国においてこの終了権制度は機能しており、記事によればボブ・ディラン、トム・ペティ、プリンスなどのアーティストが、終了権の行使を盾として、よりよい条件にて再交渉をすることができたとあります。

なお、記事には、Duran Duranが英国で終了権行使を主張して提訴した事案が紹介されています。この事件の判決文全文には目を通していませんが、記事等によれば、著作権譲渡契約の準拠法が英国法のみであるため米国法に基づく終了権は行使できないとするSony/ATVの主張が認められたようです。

Duran Duran Loses Case, Brought In Britain, Over American Copyrights | Billboard 

Duran Duran事件判決

(Gloucester Place Music Ltd v Le Bon & Ors [2016] EWHC 3091 (Ch) (02 December 2016) )

http://www.bailii.org/cgi-bin/format.cgi?doc=/ew/cases/EWHC/Ch/2016/3091.html&query=%28Gloucester%29+AND+%28Place

  

この判決を受けて、Sony/ATVはポールに対しても同様の対応をしたため、ポールは提訴に踏み切ったとされています。

 Mccartney termination by Eriq Gardner on Scribd

 

いずれにせよ、法律により交渉力のアンバランスを是正しようとすることは、アーティストがギルドや組合などによって組織化されていない日本にこそ必要な制度であると思います。日本法においても消費者保護法制は存在しますが、アーティストは個人事業主であるため、それだけで多くの消費者保護の法律が適用されなくなってしまいます。「個人事業主である以上、契約については大企業と対等な立場である」などという考えが単なる理想論にしか過ぎないことは明らかです。アーティストやアスリートなどの契約上弱い立場に立たされる個人事業主にも、交渉力のアンバランスを是正する法制度が必要なのではないでしょうか。

なお、この記事を作成するにあたっては、安藤和宏「アメリカ著作権法における終了権制度の一考察 ―著作者に契約のチャンスは2度必要かー」(早稲田法学会誌第58巻2号(2008))を改めて拝読させていただきました。2008年時点で終了権に着目し、日本法においても交渉力の不均衡を是正する制度の構築を提言されているのはさすがです。

 

 

*1:具体的な手続については、

The Right to Terminate: a Musicians’ Guide to Copyright Reversion | Future of Music Coalitionが詳しいです。

*2:1978年1月1日以前に権利譲渡された作品については、304条(c) が適用されます。本件でも203条ではなく、304条の問題として訴訟提起されています。

JASRAC独占禁止法違反事件(中編)

年をまたいでしまいましたが前回の続きになります。 前編では、JASRACの放送における包括契約がなぜ問題であったのか、そして、その歴史的な背景を解説しましたが、後編では、JASRACに立入検査が入ってから本件が終結するまで、主に法的な紛争について説明します。

なお、後編を作成するにあたって、前編にも少し修正を加えています。

 

  • 2008年4月23日 公取委、JASRAC立入り検査
  • 2009年2月27日 公取委からJASRACに対して排除措置命令
  • 2009年4月28日 JASRACから審判請求
  • 2009年5月25日 公取委、審判開始決定
  • 2012年2月2日  JASRACに対する審決案の送達
  • 2012年6月12日 審決案確定、公取委排除措置命令を取り消す審決

 

3 立入検査~審判手続

(1)立入検査(2008年4月23日)

2008年4月23日、公正取引委員会がJASRACに対して立入検査に入りました。

立入検査とは、独禁法47条1項4号に基づくもので、「事件関係人の営業所その他必要な場所に立ち入り、業務及び財産の状況、帳簿書類その他の物件を検査すること。」ができると定められています。このような立入検査は、あくまで独占禁止法違反の有無を明らかにするために行われるものであり、まだ当時は独占禁止法違反の「疑い」があるという段階でした。

JASRACはこの立入検査に対して、

 4月23日(水)、公正取引委員会がJASRACに立入検査を行い、JASRACはこの検査に全面的に協力いたしました。
 今後の対応につきましては、検査の結果を踏まえて適切に対応してまいりたいと考えています。

とコメントを出しています。

 

(2)排除措置命令(2009年2月27日)

2009年2月27日、公正取引委員会はJASRACに対して、独占禁止法3条(私的独占の禁止)違反を理由として、排除措置命令を行いました。

排除措置命令は、以下URLで確認できます。

http://www.jftc.go.jp/dk/ichiran/dkhaijo20.files/090227.pdf

 

JASRACも、 排除措置が出された当日にプレスリリースを出し、排除措置命令に不服があること、審判請求をする予定であることを述べています。

2009年2月27日「公正取引委員会に対する審判請求について」

プレスリリース - 日本音楽著作権協会(JASRAC)

  

排除措置命令においては、違反行為の概要として以下の点が挙げられています。

  1. JASRACは、放送事業者から包括徴収の方法により徴収する放送等使用料の算定において、放送等利用割合が当該放送等使用料に反映されないような方法を採用している。これにより、当該放送事業者が他の管理事業者にも放送等使用料を支払う場合には、当該放送事業者が負担する放送等使用料の総額がその分だけ増加することとなる*1
  2. これにより、JASRAC以外の管理事業者は、自らの放送等利用に係る管理楽曲が放送事業者の放送番組においてほとんど利用されず、また、放送等利用に係る管理楽曲として放送等利用が見込まれる音楽著作物をほとんど確保することができないことから、放送等利用に係る管理事業を営むことが困難となっている。
  3. 前記1の行為によって、JASRACは、他の管理事業者の事業活動を排除することにより、公共の利益に反して、我が国における放送事業者に対する放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における競争を実質的に制限している。

 なお、この点がよく勘違いされるのですが、排除措置命令が問題としているのは、包括徴収という徴収方法自体ではありません。あくまで「放送等利用割合が当該放送等使用料に反映されないような方法」による包括徴収が問題視されたに過ぎません。

この点、海外の管理団体でも包括契約が採用されており、何ら問題なく運用されているであるとか、包括契約はユーザーの利便性が高く、包括契約ができないとユーザーの利便性が損なわれるという反論*2がされることもありましたが、そもそも包括契約自体を問題にしているわけではありませんので、まったく的外れな反論ということになります。

すなわち、包括契約であったとしても、「放送等利用割合が当該放送等使用料に反映されるような方法」であれば、それは問題視されなかったわけです。

 

実際、排除措置命令は、アドオン構造を生むような行為を取りやめるように命じているに過ぎず、具体的にJASRACが取るべき方法については何も明示していません。

つまり、何らかの方法で放送等利用割合をJASRACが徴収する放送等使用料に反映させればよいのであり、放送等利用割合が正確に算出できないとしても、サンプリングや録音権等の他分野の管理事業者間のシェアを参考にするなどの方法により、放送等利用割合を算出し、その割合を包括使用料に乗じるなどの方法が考えられるところです。

しかし、後述するとおり、JASRACは審判や裁判において、放送については全曲報告ができず、正確な利用割合が算出できないため、利用割合を反映することができないという趣旨の主張をしていました*3

 

(3)審判手続(2009年4月28日)

当時の独禁法において、公正取引委員会から排除措置命令を受けた者は、その取消しを求めて公取委の審判を請求することができると定められていました(当時の独禁法49条6項)。

JASRACはこの規定に従い、排除措置命令を不服として公正取引委員会に対して審判請求を行いました。独占禁止法上の審判制度は既に廃止されてしまいましたが、いわゆる行政不服審査として、処分を行った行政庁自らがその当否について判断するという制度です。排除措置命令の取消しを行うにあたっては、いきなり命令の取消訴訟を提起することはできず、まずは行政庁の審決を経なければならないとされていました(当時の独禁法77条3項)。 

2009年4月28日「公正取引委員会に対する審判請求の申立について」

プレスリリース - 日本音楽著作権協会(JASRAC)

また、審判請求を行うだけでは、排除措置命令は停止されないため、JASRACは並行して執行停止の申立てを行い、2009年7月9日には1億円の保証金を供託することで執行が停止されるとの決定が東京高裁において出されました。これにより、JASRACは審判手続、それに続く取消訴訟などが係属している間は、排除措置命令に従う必要がないこととなりました*4

 

この審判手続は3年あまりの審理を経て、排除措置命令を取り消すという内容の審決案が、2012年2月2日に当事者であるJASRACに送付される結果となりました。

2012年2月2日「公正取引委員会からの審決案の送達について」

プレスリリース - 日本音楽著作権協会(JASRAC)

審判においては、裁判における判決のように審決が出されることになりますが、審決案の制度が審判規則で設けられており、審決が出される前に、審決案を各当事者の送付し、異議申立ての機会を与えることとされていました。

また、審決をする主体は公正取引委員会となりますが、公正取引委員会は審決案が送達された日から2週間経過した後に、審決案が適当と認められれば審決案と同じ内容の審決をすることができるとされています。

ほとんどの場合は、「審決案=審決」となりますので、審決案が出された時点で、JASRACの主張を認める審決が出たことは確定的であったと言えます。

しかし、排除措置命令を取り消す旨の審決案と同様の内容の審決が出されたのは、2012年6月12日という、審決案の送達から4か月以上も経過した後のことでした。

平成21年(判)第17号 平成24年6月12日付審決書

http://snk.jftc.go.jp/JDS/data/pdf/H240612H21J01000017A/120612-21_17.pdf

さらに、審決を見ればわかりますが、5名の公正取引委員会の委員のうち、4名の公正取引委員会の委員の名前しか記載されていません。名前のない委員は商法学者の浜田道代委員ですが、この点について、

真偽は定かではないが、報道によれば、名を連ねていない委員は、審決案に反対し、少数意見を書こうとした、ともいわれる。

(白石忠志・Law & Technology 57号 34頁 2012年10月)

との言及もあります。

いずれにせよ、排除措置命令を取り消すという内容のみならず、審決案から審決までに至る手続的な過程においても、異例な審決であったと言えます。

 

審決の内容に関しては、多数の評釈が出ていますので、簡単に触れておくと、審決はJASRACの行為には排除効果が認められないことを理由として取消審決を行い、その他の争点については判断しませんでした。

審決が排除効果を否定したロジックは、「審査官は、イーライセンスが平成18年10月に放送等利用に係る管理事業を開始するに際し,被審人の本件行為が実際にイーライセンスの管理事業を困難にし,イーライセンスの参入を具体的に排除した等として,それを根拠に本件行為に排除効果があったと主張するので,以下,その主張の成否を検討する。」としたうえで,「審査官の主張について,これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。」と結論付けるというものです。

審決は、JASRACの行為について、新規参入の消極的要員となることを認めつつも、審査官が主張した具体的な排除行為が認定できないことを理由として、いわば弁論主義的な観点から排除効果を否定したものと解釈できます。

つまり、これまでは排除効果の成立にあたり、「実際に」他の事業者の事業活動を困難にし、他の事業者の参入を「具体的」に排除することまでは求められてはいなかったものの、審査官が「具体的に排除された」と主張したため、「具体的に排除された」かどうかを審理し、「具体的に排除された」とまでは認められなかったため、排除効果が否定されることになったものと思われます。つまり、大塚愛さんの「恋愛写真」は、遜色のない形で放送事業者による放送番組において利用されていたと判断されたことが、結論に対して大きな影響を及ぼしたものと考えられます。

 

審判においても、大塚愛さんの楽曲を含め、イーライセンス楽曲は遜色なく放送番組において利用されていたとJASRACは主張しており、一つの争点を形成してしまっていました。

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この図表を見ると、確かに遜色なく利用されているように見えますが、前編で記載したとおり、管理開始の10月1日から12月末日までのエイベックス楽曲の利用が10月2週*5に無償化されているため、JASRACの整理のように、週ごとのまとめでは、無償化を受けて利用されたものか否かが判断できず、これだけでは必ずしも「遜色なく利用されていた」かどうかは明らかではありません。

しかし何より重要なことは、本来実際に大塚愛さんの楽曲の利用が差し控えられたかどうかは排除行為を認めるにあたっては問題ではないという点です。これはJASRACの訴訟戦術が上手だったと考えるべきかもしれませんが、審判官がJASRACが勝てる土俵に引きずり込まれてしまったという印象です。

この後、審決取消訴訟、上告審とさらに本件は続いていくわけですが、この時適切な主張立証がなされていれば、本件はもっと早期に根本的な解決を見ていたのではないでしょうか。

 

何だかんだで長くなってしまいましたが、最後は審決取消訴訟について説明します。

*1:前編で解説した、いわゆる「アドオン構造」のことです。

*2:ユーザーの利便性については、単に「包括許諾」か「個別許諾」かの問題であり、「包括徴収」の問題ではありません。

*3:しかし、権利者への分配はサンプリングで行っているのに、利用割合を算出する場合に限って全曲報告による正確なデータがなければ利用割合を反映できないとする点は、いささか疑問を感じるところです。

*4:執行停止を求めることはJASRACの権利ではありますが、これにより、JASRACとしては事案が長引けば長引くほど現状維持のメリットを享受できることになり、本件の長期化の一因となったのではないかと思います。

*5:具体的に無償化がいつ放送局に伝わったかについては、後の審決取消訴訟において争われています。